Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

結婚できない男

結婚できない男」というテレビドラマが話題である。
実は、こっそり見ている。で、驚いている。ううむ。。。
健康を気にして、コンビニで野菜ジュースを買う。たしかに!(カゴメ野菜一日これ一本を愛飲)
そうめんを食べるときは、生姜はチューブでなく、自分ですり下ろす。(千葉産の針生姜を愛用)
オーディオセットでクラシック音楽を流してリラックス(でも、夜は近所をはばかりヘッドフォン)
40過ぎの独身男の生活パターンは似るのであろうか?

ただ、私は掃除魔じゃないし、ビデオレンタルショップにも行かないけどね。
だいたい、あんなカッコ良いわけがないし(笑)

まあ、それはともかくとして。
どうも、このドラマには第二の「電車男」のようなニオイを感じるのである。
すなわち、恋愛資本主義による新大陸の開拓である。開拓される原住民にとっては、大変困ることではないか。

つまり「電車男」なるドラマは、それまで恋愛資本主義の市場外であった「オタク」を、「オタクだって努力すれば恋愛できるんだ」というふうにすり込もうとしたわけだ。これに関しては、本田透が「電波男」で厳しく批判した。そもそも、恋愛資本主義の否定からオタクに至ったのに、資本主義はオタクですら放っておいてはくれない。なぜなら、資本主義は、常にフロンティアを開拓しないと成長できないものだからだ。

そして、次に目をつけた新市場が「40過ぎの独身男」ではないのだろうか。
このままでいくと、たぶん電車男と同じく「偏屈な独身男」がすっかり「実は良い男」になって、嗚呼恋愛って素晴らしいというオチがついて終わるのじゃないかな?

言っておくが、そんなエンディングはゴメンだ。
アホらしい。

私が思うに。
偏屈な男は偏屈である。
蘊蓄男は、しょせん蘊蓄ばかりである。能書きたれるだけである。
私がそう言われている。間違いない。
そんな奴が、幸福な恋愛なんぞできない。
できなくて良い。

恋愛は「努力すればできる」じゃないっ!!そんなの「誰でも、心に成功イメージを強く持てば成功できるんですっ」というマルチ商法だのネズミ講だのカルト宗教の勧誘と同次元の思想ではないか。
「できないことはできない」「得手不得手があって当たり前」「人生において、恋愛なんて大した価値のあるものではない」「結婚なんか、向いてなければムリにしなくて良い」が普通だ。
だって、金儲けを考えてみよ。
金は人生で必要だが、しかし金儲けが至上の価値かね?
金儲けは、誰でもできることかね?
貧乏な人は、努力が足りないのかね?
そうじゃないだろう。
金儲けは、やりたい人、向いてる人がやればいいんだろう。
できない人、向かない人がいたって別にいいだろう。
貧乏なのは、すべて本人の努力不足じゃないだろう。

それが、なぜことが「恋愛」になった途端に、このような言説が許されてしまうのかね?

これこそ、恋愛資本主義の本質である。

てなことを言いながら。
ついついドラマを見てしまう私って、いったい何なんでしょうか(苦笑)