Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

乱烏の島

「乱烏の島」有栖川有栖

寡作な有栖川氏の久々な新書(笑)。この人の作品は、いつも高い品質なんであるけど。

名探偵(犯罪学者)火村とワトスン役の有栖川は、昔の知己の民宿で休暇を過ごすべく、ある離島にやってくる。
ところが「鳥島」を「烏島」と間違える、という船頭の勘違いによって、ふだんは全く交通のない離島にやってきてしまうのだった。
その島は、高名な英文学者の別荘があり、英文学者本人と、生命医学の権威、管理人夫婦、文学者ファンの女性達、場違いな子供2名がいる。
そこに、青年実業家がヘリコプターで登場し、生命医学者に「自分のクローンをつくってくれ」と巨額の報酬を提示する。青年実業家はいったん追い返され、島内で彼が買い取っていたコンドミニアムに宿泊することになる。
ところが、翌日になり、青年実業家の姿はなく、コンドミニアムには管理人夫婦のうち夫が殺害されているのが見つかる。
警察を呼ぶが、離島のことで、すぐには来られない。
さらに一夜を過ごした朝に、青年実業家が墜落死したと思われる死体が、洞窟の中で見つかる。
いったい、この2件の殺人につながりはあるのか?絶海の離島内で、果たして犯人は誰か。
それぞれの人にアリバイを聴取した火村達であるが、全員が犯行時刻に確たるアリバイがないことがわかった。
しかし、火村は、ある条件を確かめて後、皆を広間に集める。
「さて、犯人は。。。」

なんというか、古典的ミステリ、をそのまま現代の舞台に移した感じだろうか。
有栖川氏は、クイーンが好きで本格ミステリの復興を目指しただけあって、充分に「古典」「本格」を意識した作品を書く。
その志向が、本作では格段に強く感じられる。

評価は☆。もちろん、悪くはない、のだけれども。

いつもの有栖川作品に見られる「キレ」は、本作にはない。
実をいえば、その理由は、たぶん作者が年をとったから、である。
この作品の隠れたモチーフは、有限の生命を意識せざるを得ない人間の運命、というような点にある。ひらたく言えば「寿命」死にたくない、という素朴だけど切ない人間の願いが、実は本作の一番の深みなのだ。
殺人事件が生起するミステリ作品で、死に対する恐怖もくそもないじゃないか、などと思うかもしれない。
しかし、それは間違っている。
我々が、ミステリを楽しむことができるのは、どう間違っても、自分はこのような事件とは関係ない、という無言の前提があるからである。
明日殺されるかもしれない人が、どうしてミステリを楽しむことができるだろうか。
そういう、死から隔絶された我々であるからこそ、ミステリの読者であり、作者たり得るわけだ。
しかしながら、唯一の例外がある。それは「寿命」である。この死だけは、どうしても逃れることができないのだ。
40も半ばを過ぎて、有栖川氏も、ついにいつかは自分の肉体が滅ぶことを意識せざるを得なくなった、それがこの作品の真意であろうと思う。
それは、読者の私だって同じなのだ。

だから、この作品を読んだ(ことに若い読者が)「なんかイマイチだなあ」と思っても不思議はない。
そういうものなのである。
文章というものは、多かれ少なかれ、そのように「対象そのもの」ではなく、そこから離れていることが本質であったりする。
それに気づいたのは、たとえば小林秀雄であったが。

まあ、ともかく。なんとなく読んで「ふーん」で、別に不都合はない。それで良いのだろうと思うねえ。