Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

わが心臓の痛み

「わが心臓の痛み」マイクル・コナリー

90年代を代表するハードボイルド作家がコナリーであることは間違いない。その作品のクオリティの高さも折り紙付きである。
そのコナリーの作品中でも、本作がベスト、という人が多いようである。
自分としては、ベストは「リンカーン弁護士」だと思うのだけれども。

主人公のテリー・マッケイレブは元FBIの退役刑事である。激務がたたって、心筋梗塞になり、明日をも知れぬ命であった。
本人も覚悟を決めたとき、都合良く事故死した女性がいて、その人の血液型がピッタリと適合し、心臓移植手術を受けることができた。
そのドナーの女性だが、子どもにお菓子を買ってやろうとコンビニエンスストアに入ったところ、運悪くピストル強盗に遭遇し、一発で頭部を打ち抜かれたものであった。

心臓移植手術を終えて、静養の生活を送っていたマッケイレブのもとに、ある女性が尋ねてくる。
ピストル強盗によって射殺された妹の捜査が進まないと訴え、犯人を捜して欲しいとマッケイレブに言う。マッケイレブは、まだ体調が不十分なので断る。
すると、女性は衝撃的な事実を告げる。
「あなたの心臓は、撃ち殺された私の妹のものです」
マッケイレブは衝撃を受け、犯人の捜査にあたる。

捜査を続けていくうちに、マッケイレブはある真実にたどり着く。
この殺人は、決して「偶発殺人」ではない、被害者は明らかに「狙われて」殺されている、ということだ。
そして、同じピストルが使われた事件を追っていくと、なんと、その被害者の共通項が見つかった。
それは、なんと「血液型」だったのである。。。


上下巻に分かれているが、読み始めると止まらない。すらすらと読めるのである。
捜査をして、次々に証拠をみつけ、その証拠を固めていくと、さらに次の証拠がみつかる。実によく練られたストーリィで、映画化されたのも頷ける。
終盤になって、姿を現す犯人と、その意外な動機も面白い。連続殺人鬼(シリアルキラー)の異常な心理をあぶり出すようになっている。

既に何度か指摘していることであるが、ハードボイルドの基本は「傷ついた男の再生」である。
もともと、チャンドラーやマクドナルドの頃は、そんなものはなかった。世界はまだ充分に牧歌的で、小説はロマンだった。だから、アンチロマンとしてのハードボイルドが登場したのである。
しかし、その後、世界は変わってしまった。
現実は、ますます身も蓋もなくなっていき、夢は消えていく。それが近代である。物質的な豊かさと、それに相反するような殺伐とした風景が都会に現れる。
だから、ハードボイルドの背景は、常に都市なのである。のどかな田舎にハードボイルドはない。


アメリカの傷は、ベトナム戦争であった。
日本は、大東亜戦争である。日本のハードボイルドは、大藪晴彦が戦後の傷ついた虚無から生み出した。
しかし、その後、日本は復興経済のもと、世界でもまれな豊かさを享受し、事実上、ハードボイルドの系譜は消えた。
バブル崩壊後に、ようやく大沢在昌が回帰させたと思う。

おそらく、これからもっと本格的なハードボイルドの書き手が現れるのではないか。
そういう不幸な世の中に、我が国はなってしまったと思う。
ハードボイルドは好きなのだが、良いハードボイルド小説が現れる世の中は、決して良いものではないと思うのですね。