Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

貧乏するにも程がある

「貧乏するにも程がある」長山靖生。副題は「芸術とお金の”不幸”な関係」。

作家になりたい、デビューしたいという人は多い。
しかしながら、本書は、その後の冷厳な事実を、明治時代の漱石、鴎外からさかのぼって説き起こす。
江戸時代の「4千万歩の男」伊能忠敬国学本居宣長平田篤胤などは、みんな本業を別にもっていた。
明治になり、作家専業で身を立てたのは漱石をもって嚆矢とする。
その漱石が、朝日新聞と専属契約を結ぶにあたって、いかに金銭面で入念な交渉をしたかを紹介している。
社員並みの待遇、それに賞与の支給の要求から、はては税金(なんと、脱税を考えていたらしい)の相談まで、漱石先生は金持ちを忌み嫌いつつ、実に金について悩んでいたらしい。
実は漱石先生、宵越しの金は持たない江戸っ子気質を持ったいた上に、暮らしの成り立たない弟子どもが多数いた。
食えないのでは生存にかかわるので、そういう場合にはすぐに貸してやったのである。
かくて、明治を代表する大作家は、しじゅう金に悩んでいたわけである。
そのあたり、鴎外はしっかりしていて、もともと軍医という職業をしっかり持っていた。
つまり、これとて、作家で財を成したわけでもなんでもなかったのである。

で、貧乏揃いの漱石先生の弟子の中でも、まっさきに指を折らねばならないのは内田百ということになる。
とんかく金がないから、あちこちから借金する。そのうち、返さねばらならない。で、他から借りる。
今でいう自転車操業の元祖である。
しかしながら、百先生は、それでも大したものだった。自転車操業は当然、あちこちで破綻するわけであるが、それでも彼が恨まれた様子はない。
借金取りが百先生に回収の談判にいき「ないものはないのだ」としれっといってのける先生に感心して帰った、という逸話がある。
ある借金取りが引退すると聞いた百先生は、なんとか返してやりたいと思ったが、手元にそんな金はない。
仕方がないので、返せるだけの金額を熨斗紙でつつみ、水引をひいて持って行ったという。
借金取りは喜び、恐縮する先生に「その気持ちが嬉しい」と答えた、というのである。
借金取りは、皆が百先生の給料日を知っていて、先生の帰路に待ち伏せして片っ端から回収していった(その給料は、前借分で常に減額されていたのだが)
そうなると、借金取りも知己なのだ、と百先生は言う。毎月顔を合わせているんだから、情も移るさ。
この素晴らしさを理解して欲しい。カネで人を追い詰めて、非情の世界だと言っていい気になっている昨今のマネー漫画なぞ、足元で蹴散らされる卓見ではないか。
考えてみれば、借金取りは借金を回収して身を立てているのである。
相手はお客であり、愛されこそ、憎まれるいわれはないのだが、あまつさえ返せなくても悪く言われない。
さすが百先生である。
その百先生も、手元不如意のすえに、漱石先生の手蹟を売らねばならぬ時には、師が自分のために筆をとってくれたことを思い出し、己の貧乏を嘆いたという。

さらに時代は下るのだが、出版事業で巨額の借金を背負って破産した直木三十五とか、貧乏のまま死んでしまった石川啄木とか、ろくなもんじゃない。
最近の無頼派の旗手、西村健太に至り、ついに弱者が自分の弱点を売りにする卑劣さを確信犯として描くに至ったことまで指摘している。

芸術というか、まあ、文芸とお金という、成り立たない関係の両者から見た文芸論的なエッセイである。
つまり、とりとめのない随筆である。
よって、面白い。これが論文だと、いかに作家が食えない、割に合わない商売かを論証しなければならぬ。
それをして、誰か喜ぶ人がいるか?誰もいないわけで、だから、そういう作品にしなかった。
ここに著者の慧眼があるだろう。
評価は☆☆である。
「作家は食えない」この恐るべき事実をこそ、作家志望者は知るべきであろう。
金儲けしたいなら、もはや作家はダメである。
冷静にみて、出版文化バブルは既に崩壊した。
金儲けしたいなら、ほかの商売を考えるべきであろう。

しかし、金儲けできなくても、貧乏してもいいから、作家になりたい人はいる。
福田和也が「雑誌に新人賞の応募券をつけろ、そうすればもう少し売れる」と嘆いたという。
それくらい、発行部数が低迷しているくせに、応募作品だけが増える(苦笑)
相対的にいって、読みたい人は増えていないのに、書きたい人だけ増えている、ということになる。
読まないのに書けるわけがないだろう、と思うのだが。。。
大して読んでもいない若手作家を、ちょいと美人だとか感性が新しいとかいう理由で当選させるから、間違ったことになるのであろう。
誰だって「ちょいと若くて」「感性が新しい」なら、ワタシだってこの程度かけるわ、と思ってしまうからなあ。

それやこれやを含めて、そんな勘違いも出版業界の「燃料」なんでしょうなあ。
どんな業界だって、若さを薪にしないと、やっていけないものねえ。
いい加減に初老になると、その程度の仕組みには気づくものである。(苦笑)
ま、これも世の中のため、である。
志望者の皆さんは、貧乏を覚悟して、大いに頑張っていただきたいと思う。

私は、せいぜい面白い小説がでてくるのを、楽しみに待っていようと思う。