Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

制度崩壊かな

先日、最高裁判所で「婚外子は嫡出子の二分の一」という現行の相続規定は違憲という判断が出た。
判事14人の全員一致だそうである。

私は、これは当然であろうな、と思う。
なんとなれば。
相続は、子どもに与えられる法的権利であるわけだが、そもそも非嫡出子は「子ども」なのか「子どもでない」のか?ということである。

で、単に「嫡出子の二分の一」だとすると、「二分の一の子ども」という結論に至る。
しかし、二親が揃っていないと「半人前」というのは、不合理である。
なせならば、法的権利を束縛するのであれば、必ずそこにその「原因」がなければならん。
それは法的瑕疵である。
そして、権利と義務は、必ず相称せねばならんのである。

すなわち、非嫡出子となったのは、その親に責任があるとはいえるが、本人には責任がない。
なぜならば、彼本人にそれを回避する策がないからである。
すなわち、生まれながらに権利の平等がない状態であって、出生は本人の原因によらないから、これを「身分差別」という。
いやしくも近代法のもとの法治国家において、あってはならぬ話である。

ここで、一つの例をひく。
隣国の韓国においては、親日法なる法律が存在する。
親日によって財産を得た子孫は、その財を没収する、という法律だ。
ところで、子ども自身は、親が親日であるか否かを選べないし、その原因にもなり得ない。
つまり、本人には、回避策がなく、本人自身に法的瑕疵もないのだが、その出生が国民感情に背くから、私権を制限するというのである。
これは、近代法であり得ない法理であって、明らかな身分差別なのである。
はっきりいえば、土人国家である。

私は、日本が、隣国と同レベルのあほな司法によって土人国家とならないことを、誇らしく思う。

さて、このような措置があると、結婚しようがしまいが、子どもの権利に関係ないということになる。
すなわち、子どもに対する保護という側面が結婚制度からは失われることになる。

私は、それに賛成である。

この制度によれば、もてて金のある人は、いくらでも婚外子をつくれるのである。
区別はないのである。
結婚制度によって子供を考える限り、もはや日本人の人口は増えない。
絶望的である。
だから、イケメンで金持ちは、いっそ50人も100人も子供をつくったほうがいいのである。
そのほうが国力をキープできる。

もてない男は、どうしたってもてないのである。
下手な規制をしたって、もてない男が子供をもてるはずもなく、ただ負け組が増えるだけである。
何しろ、恋愛は「自由競争市場」なのである。
自由競争の出口を絞ったって、入口(恋愛)はフリーなのだから、しょうがあんめえ。

結婚を、恋愛の行き付く先、と定義している限り、この結論は不変である。

つまり。
私は、もうあきらめました(爆笑)

まあ、そういうこと、ですなあ。うん。