Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

雷神の筒

「雷神の筒」山本兼一

本書の主人公は橋本一巴である。
尾張地侍であったが、当時伝来したばかりの新兵器「鉄砲」に魅せられ、砲術を研究する。
「てつはう 天下一」の大幟を立て、織田鉄砲隊を率いて大活躍した人物である。

ところが、この人だが「鉄砲馬鹿」として有名なものの、史料にはわずかに信長公記で「弓矢と決闘して、両方倒れた」という記述がある程度のマイナー武将なのである。
織田鉄砲隊といえば、明智光秀滝川一益あたりならば有名人物だが、橋本一巴はそうでもない。
しかし、そこは小説だ。縦横無尽の大活躍、というわけである。

本書の中で感心したのは、鉄砲隊を支える玉薬、つまり硝石の話題を深く描いていることである。
日本は、硝石鉱山がない。よって、鉄砲伝来以来、ポルトガルから輸入していた。
これに目を付けた支那商人が輸出をする。主人公は、わざわざ種子島まで出かけていき、硝石輸入の「海の道」をつくるのである。
ところが、支那の硝石も戦乱のために途絶。価格が高騰し、とても大量には入手できない。
そこで、最後に見つけたのが、原始的なバイオテクノロジーを利用して、硝石を得る方法である。
実際に富山県五箇山(飛騨との国境の山中)の村にその製法が伝わっているが、ようは蚕の糞、人尿に薬草を配し、作硝室をつくるのである。
タンパク質の中の窒素やアンモニアが、酸化バクテリアの作用で亜硝酸になり、土中のカルシウムと結合して硝酸カルシウムとなり、これに木灰汁をかけて硝酸カリウム(硝石)を得るのである。
以下のURLに詳しい。
http://blog.goo.ne.jp/murakami-ke/e/0e981e9c3f4a57762a797066875c9a37

おどろくべきテクノロジーである。

ついでにいえば、この硝石が一向宗門徒の手で加賀まで運ばれ、本願寺が恐るべき火力を誇る武力集団になったとみられる。
雑賀鉄砲衆は有名だが、かれらにふんだんに玉薬を提供したのは、本願寺である。
それゆえ、雑賀は、信長軍団さえも退ける火力を誇ったわけである。
当時の最先端の武装集団である織田軍をくじいたのが、何年にもわたる雪深い山村の念仏信者たちの作業であったことを、どう考えたらいいだろうか。

評価は☆。かなり面白い。

単に、戦国時代の武将が大活躍しました、では、歴史小説ではないのである。
そりゃ仮想戦記というお筆先まがいであり、ただの戦国ゲームのルポである(笑)。
悲しいかな、作家的な視点を欠いていると、そういうお筆先小説が出来上がってしまうのだな。
本書もきわどいところであったが、硝石の記述で、そういう仮想戦記もどきに堕してしまうところを逃れている。

火縄銃だが、実は相当の殺傷能力があったものらしい。
何しろ、鉛玉が腹中で破裂するのだから、即死はしなくても、鉛毒で苦しんだうえに死亡する。
戦国時代の戦いは、すでに鉄砲による射撃戦であった。
大河ドラマでみる、刀や槍を持っての突撃など、実際は射撃戦の掃討に過ぎないのである。
来年の大河では、そういうリアルな戦場風景をやってくれんもんかなあ。