Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

経済物理学の発見

経済物理学の発見」高安秀樹

経済物理学とは、物理学の分析手法を経済学へ導入した学問である。まだ新しい分野であるが、かなりの成果を上げつつあるらしい。
本書は、その経済物理学エコノフィジックス)の入門書である。

ミクロ経済学で有名なものに、ワルラス一般均衡理論がある。
ようするに、財の価格は需要と供給の均衡点で決まる、というものである。もっとも、そのためには市場が完全競争市場でなくてはならない。
ところが、この有名なモデルに合致する実データを、いまだに経済学は発見していないのである。
経済学では、その理由を「実際には、完全競争市場はあり得ない。たとえば情報の非対称性などがあるから」といった説明をしている。
この説明に対する著者の批判が、物理学者らしくで面白いものである。
いわく
「自分たちの理論はただしく、間違っているのは現実である、という頑迷な態度」「理論通りに現実が動かないことの言い訳」であり「あまり科学的とはみえない」と一刀両断(笑)。
まあ、物理学者の立場から考えれば、現実に観測して、観測結果が理論と異なる場合に「それは観測が間違っていて、理論は正しい」という主張をしたらどうなるか?ということである。
間違いなく、科学史は天動説まで戻ってしまうことになるわけだなぁ(笑)。
だから、この過激な批判は、ある意味で物理学者であれば、ごく常識的な反応だと考えてよいと思う。

さて、そこで経済物理学者たちがとった手法である。
本書では、まずデータを外為市場の価格変動にとる。なぜならば、外為市場では財は外貨そのものであり、財に対する情報の非対称性などの要因が少ないであろうと考えられたからである。
次に、従来の経済学で使われたデータプロットが日次データであったことに注目し(これだと、年間250データほどなので統計的有意が発見できないから)ティックデータと呼ばれる実際の取引データそのものを分析対象にした。
データ量はギガバイトクラスになるが、現在のコンピュータであれば解析は可能である。
そこから得られた知見は、驚くべきものであった。
1、価格変動の分布は、ブラック=ショールズ方程式が示すような正分布でなく、ベキ分布になる。これはフラクタル属性を示す。
2、1日の中で、実際に循環取引によって利益が出る状態が数分単位で現れる。つまり、一物一価の法則は破れている。フリーランチは存在する。
3、フラクタル分析によって価格変動をシュミレートする方程式を導くことが可能である。つまり、ミクロな経済活動自体の性質として価格は揺らぎをもっており、その方程式からマクロ経済で扱うハイパーインフレや暴落も導ける。つまり、ミクロ経済とマクロ経済が単一方程式で記述可能である。

本書の分析を敷衍すると、完全競争市場において価格は「均衡」しているのではなく「臨界」しているのであり、それ自体の性質として変動することになる。
なんと、価格変動の原動力は、そもそも自由市場で人が財を売買すること自体である、という結論になってしまうのである。。。

評価は☆☆。
私のように、経済学に疎いものであっても、面白く読むことが出来る。
門外漢の立場からいえば、いわゆる物理学でミクロを記述する素粒子論と、マクロを記述する相対性理論が矛盾する(単一方程式で記述できない)のは大問題である。
どこからか、スケール次第で物理法則が変っていることになるからである。

ミクロ経済とマクロ経済はまったく違う、と経済学の初級本でも書いてあるが、ではなぜ、それが統一した数学で記述ができないのか?という疑問にこたえてはいない。
まったく違った分野の学問です、といってすましているのである。
エコノフィジックスの発見により、ようやく統一された理論が示されるかもしれないのである。

しかし、となると、、、である。
いわゆる「完全競争市場」が必ず価格の均衡を示し、もっとも効用の多い資源分配を実現する、という市場原理主義は、その前提からして間違っている可能性が高いわけである。
市場原理主義も、完全競争市場が存在しない言い訳と同様の、単なるドグマであった、ということか。。。
ふうーむ。
世の中、わからんもんだ、としか言えない私は、まあ、その程度ものなんですわなあ。
しょせん、こちとら、道に落ちたコインをがむしゃらに拾う実務家だから、ねえ(苦笑)