Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

日本人へ 危機からの脱出編

「日本人へ 危機からの脱出編」塩野七生

塩野氏が、311後の日本人へ向けて書いたエッセイ集。
私は、彼女の視点というのは、男よりも男性的というのか、あるいは芯からの欧米流の感性になじんでいる(付け焼刃でない)ものを感じている。
本書を読みながら、再度、そういう思いを強くした。

いくつか、印象に残った記事を上げておくと。

まず、なんといっても「衆愚制」の議論である。
言論の自由があり、教育熱心だったローマが、あっさりとカルタゴの名将ハンニバルに敗れ、支配下に置かれてしまうのだ。
歴史の教科書では、その原因を、民主制が「衆愚制」になってしまったからだ、と説明する。
これは、わかったようでわからない議論である。どうして、民主制が衆愚制を生んでしまうのか?その理由が説明されない。
塩野氏は、これに対して、ズバリと回答する。
「一人一人の有権者が賢くなり、発言力が増すと、衆愚制になる」
そして、ローマの独裁官や、イタリアの職人内閣を例に挙げる。
つまり、政治家が「民意に沿った政治」をすると、衆愚制になってしまうということである。
しかし、政治家は、民意に答えられねば、次の選挙で議席を失う。
それでも彼女は言うのだ。「民の声は神の声というが、本当だろうか?」「かつて、皆が神の声を聴いたといって、十字軍が遠征したが、民の声は神の声として正しかったのか?」
答えは、おのずと明らかであろう。

最近「社内公用語が英語」になっている企業についてもこう述べる。
「頭の中でものを考えるときは母国語である(彼女ほどのイタリア語の練達にしても!)その母国語を使うな、ということは、ものを考えるな、ということである。欧米の経営者が聞いたら、驚くだろう」

隣国について、一言。
「男と別れた女の生き方は、2つに分かれる。一つは、別れた男をいつまでも恨みに思い続け、彼の不幸を願って生きる人生である。もう1つは、そんな男のことなどすっかり忘れて、次の新しい恋を探すが、新しい生き方を探して挑戦する生き方である。あなたは、どっちが良いと思う?」


評価は☆☆。
凛とした、というのは、こういうことを言うんですなあ。


ところで、災害について、あるいは事故について、私が思うことを述べる。
大規模な災害が発生したり、大事故が起こったりすると、「非常事態だ」というので、ありとあらゆる機関が動く。
警察や消防だけではなく、自衛隊、あるいは米軍すら動かす。
なぜか?そこに、現に災害があるからだ。だから、説明が要らない。「大変だ、この通りだ」といえば、すむ。

これに対して、災害対策をすることは、どうであろうか?
災害対策は、「今、目の前に」災害はない。それは、未来の光景である。
すると、そういう事態が起こる、ということを、説明しなければならない!そうしないと、どこも、動かないし、資金も出ないのだ。

説明が要らないときは、動ける。
説明を要するときは、動けなくなる。

災害対策だけではなくて、たとえば、基地移転問題もそうである。説明をしなければいけないが、説明をするには、高い能力が必要である。
しかし、皆が賢くなると、説明能力は劣化する。
「説明をする役割」は、損である。だから、賢い人は、そういう役割をしなくなる。
かくて、どんどん、民主主義は劣化していく。
原子力発電所も、事前に事故の想定がされなくなる。想定をして対策をするには、説明が必要だ。それなら、事故が起きてから動けば、説明はいらない。
自分が事前の説明する役割にならない限り、それで不利益を被ることはないのである。

かくて、必然的に、劣化も事故も災害も、起こる。
避けられないことなのである。