Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

白疾風

「白疾風」北重人。

この小説の主人公、三郎はもともと伊賀の忍びである。
信長の伊賀攻めで落城を見越し、前夜に逃げ延びたうちの一人である。
戦乱の中で親を亡くした幼い姉弟を救い、のち姉のほうと年が離れた夫婦になった。
関東の武蔵野で人が住まなくなった小さな谷を開墾し、そこに他の帰農した武士たちも住み着き、村ができた。
その村で、不穏な事件が起こり始める。
村祭りに遊び女を呼んだのだが、その女に村の若者の一人が懸想する。
親は渋い顔をするが、三郎はじめ長老たちは「まあ、まずは一緒に住ませて様子をみて、よければ正式にすればいいではないか」ととりなす。
その通りしてみると、女は思ったよりも控えめで真面目であり、親も納得して祝言となる。
さて、めでたしめでたしと思いきや、ここで村に怪事が連発する。村に、大久保長安が秘匿する大金山につながる書面が隠されている、というのである。
それを狙って、怪しいものどもが村に次々とやってくる。
かの女も、ついに正体を現し、村の男を次々と誘惑し、村人同士を離反させながら金山の書面をあさるようになる。
三郎は、これは忍びの手口だと看破する。
忍びが暗躍するということは、近く、村に攻め込んでくるということを意味する。
かくて、三郎は、村の危機を救うべく、再び忍び装束に身を包んで動くことになる。
かつて若いころ、「疾風」の通り名のあった三郎の髪も、いまや真っ白になっている。
彼は「白疾風」として、村を狙う忍び達と対決する。。。


一言でいえばチャンバラ小説なのであるが、引退したはずの昔の稼業に戻らざるを得ない忍者の哀歓が書き込まれていて、武蔵野の自然描写のすばらしさとともに、ただの活劇にとどまらない味わいがある。
江戸初期の時代設定も珍しい。
良質なエンタテイメント。☆だなあ。


著者は、設計コンサルタント業務のかたわら、小説を書きつづけ、50歳をすぎてデビュー。
直木賞候補までなったのだが、残念なことに、活動わずか10年、61歳の若さで没した作家である。
私も若いころは、10年の活動期間を「短い」とは思わなかったし、61歳を「早世」とも思わなかった。
が、今にして思うのである。人生、10年はやっぱり短すぎる。
私は32歳のときに某スタートアップ企業に就職し、41歳で上場した。9年かかったことになる。
その後、会社は買収されるのであるが、そのとき45歳であった。
どうしてそうなったか、いろいろ理由はあるが「9年で上場した」ことが大きな原因だろうと思うのである。
10年以下でやらなければならないと無理な経営をしたのだ。地盤が固まっていないままだから、崩れるのは早い。
もしも最初から10年でなく、15年で考えていたら、また結果は違ったかもしれない。
5か年計画(中期計画)が2期と3期の違いである。
そう思えば、中期計画2期分の10年では、やっぱり何事にも短いと思うのである。

北重人も、せめてあと5年の時間があったら、もっと熟成を重ねた作品を発表したのではないか、と思う。
この小説がダメだというのではない。
ただ、この路線であと5年書き続けていたら、さらに深いものがにじみ出てきたのではないか、ひょっとするともう一人の池波正太郎を持てたのではないか、と考えてしまう。

つまりは。
人生、あんまり慌てて死んではいかん、ということでありますね。
どうせ死ぬのであるから、じっくりゆっくりと行きたい、そうすれば、もっと熟成できるかもしれない、ということである。

時々、本当に死んでしまいたくなる気持ちは、よく理解できますが、ま、そこが我慢と思うのであります。
そうして「死にたくない」と思ったときに限って、死んでしまったりする。
人生そんなものかなあ(苦笑)。