Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

13時間前の未来

「13時間前の未来」リチャード・ドイッチ。

主人公は、気が付くと警察に尋問されている。妻が殺害され、その犯人として疑われている、という状況なのだ。
殺害に使われた拳銃に、しっかりと主人公の証拠が残っており、車の中にも証拠がある、という。
しかし、本人には、自分はやっておらず、何物かにはめられたと解かっている。
妻が殺されたショックで自暴自棄になり、一瞬のスキをついて警察から逃走した男の前に、見知らぬ男が現れて不思議な懐中時計を渡す。
この時計が、1時間前の過去に彼を連れていく。それは12回繰り返され、最終的には13時間前に戻ることになる。
そこで過去をどう変えるかは、彼の自由だが、その影響も予想外のものとなろう、という。

主人公は、こうして1時間づつ過去をさかのぼりながら、妻の殺害を防ごうとする。
そのたびに、予想外の事態が起こる。
単に妻を殺害した犯人を阻止すればよいと思っていたはずなのに、とうとう、飛行機墜落の大事故を防がなければ妻を救うことができない、という事態に追い込まれるのである。

予想外の展開を繰り返し、ついに彼は妻を救うことに成功するのだ。

評価は☆。

いわゆるタイムトラベルものである。
気を付けなければいけないのだが、いわゆる「タイムパラドックスもの」ではない、ということだ。

時間旅行の小説には古典的なパラドックスがあって、「生前の自分の父を殺したらどうなるか?」というものがある。
そうしたら、父を殺しているのは、いったい何者なのか?という疑念が生じてしまうのだ。
これを解消するアイディアを主軸にすると「タイムパラドックスもの」となる。
ハインラインの「夏への扉」もそうだし、日本の広瀬正「マイナス・ゼロ」映画の「バックトゥザフューチャー」にも、そういう影響がある。
一方で、単なるIFものという世界があって、もしも過去に現在の何者かが時間旅行したら、過去がどう改変されるか?というストーリーを描く。
仮想戦記などの「お筆先」(爆)小説は、みーんなこれかな。
この小説も、そういう意味では「お筆先」なのだが(笑)、しかし、小説としての完成度は高い。

有名な話に「バタフライ・エフェクト」というのがある。
北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでそのあとに嵐になる、というものだ。
つまり、複雑系の中で、ある要素が次にどのような影響を及ぼすかを事前に予想することは困難だ、というたとえ話である。
こんな話を数学の門外漢の我々が理解するのは大変なのだが、この小説などは、「バタフライ・エフェクト」をうまくストーリー化してある。

実際に、世の中には「本人も予想外」の事態を起こすことが、ままある。
たとえば、ヒトラーなどもそうである。
彼は熱烈な人種差別主義者であった。ユダヤ人大虐殺は有名であるし、日本人も「ユダヤよりはまし」程度の認識だった。
その彼が、アーリア人種の優越を確信して、欧州で第二次世界大戦を引き起こした。
その結果、欧州はひどく疲弊する。
太平洋戦線では、日本が敗退したあと、東南アジア各地で独立戦争が起こる。その植民地は欧州各国が支配していたものである。
ここで、植民地の独立軍が次々に欧米派遣軍を破るのだが、これには理由がある。

一つは、日本が欧米を打ち破る姿を一度は見たことである。欧米人も万能ではない、と知ったわけだ。
ただ、その後の無残な敗退の有様もつぶさに見ているのであって、勝った姿は影響を与えたが、負けた姿は無視というのは少々都合が良い話ではある。
まあ、そのくらいは私も日本人なので、いちいち指摘はしないのが大人の常識というもんである。

で、2つめの重要なポイントだが、つまり欧米の植民地派遣軍が弱体だったことである。
だから、現地独立軍が勝利できた。
なんで植民地派遣軍が弱体だったかというと、肝心の彼らの本拠地が戦争でボロボロだったからである。強力な派遣軍を編成し、戦況に応じて増派する余裕など、およそ無かった。
それゆえ、一度負けるとそのままズルズルと後退し、撤退するしかなくなった。
つまりは。
「人種差別主義者のヒトラーは、東南アジアの独立に貢献し、結果として人種平等に寄与した」
のだ。。。なんだろうなあ、これ。

しかし、実際に欧州をヒトラーが廃墟にしちまったので、あれがなかったら、日本が東洋で暴れたところで、その後どうなったかは疑問だと思うのである。
ヒトラー自身が、この結末を見通したかといえば、それは全然ノーだろう。

つまりは、人の行為と、その後の結果は、本人はおろか、周囲の誰もが予想もできないような結末をもたらすことがある、ということだろうと思う。
為替分析などでわかってきたことだが、三者以上が売買参加するゲームでは、それ自体で「揺らぎ」が生じるようである。いわゆる受給曲線にぴったりと価格が収束する、というのはないらしい。
どうやら、世の中は、思ったよりもフクザツにできている、もののようだ。

まあ、何を聞いても快刀乱麻の回答、というのは、宗教か陰謀論でしょうからなあ。
小説の中ですら、そういう話は成り立たないので(おとぎ話と揶揄される)いわゆる「想定外」こそがこの世、ということなんでしょう。