Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

天主信長<表>

「天主信長<表>」上田秀人。

本作品には、<表>と<裏>があって、本能寺の変を信長サイドの登場人物から描いたものが<表>、その他の人物から描いたものが<裏>ということらしい。
まずは<表>を読んでみる。

本能寺の変については、単に光秀の単独謀反という説だけでなく「朝廷黒幕説」「イスパニア陰謀説」「秀吉黒幕説」「徳川黒幕説」「足利義昭黒幕説」、、、まあ百花繚乱の有様である。
事件自体はシンプルで、本能寺に宿泊中の信長および二条城の長男信忠を光秀が討ったというだけなのだが、光秀の動機とか(怨恨説、野望説)影で糸を引いた人物があるのでは?とか。
戦国時代最大のミステリーというわけで、いくらでも想像を逞しく出来るわけである。
本書は、その「本能寺の真相」に、またまた意外な犯人を指名するわけだ。
まあ、月並みでは小説にならんのである(笑)。

ここからネタバレすると。
まず、全体の「本能寺の変」の筋書きを書いたのは、なんと信長自身という説である。
信長は、キリシタンに寛容であり、彼らの教義を理解していたが、信長自身は入信していなかった。
本書にあるとおり、宗教というものを基本的には信用していなかったと思う。
それでも、キリシタンの信仰の核心が「イエス・キリストが神であること」「その証拠は、磔刑の3日後に復活したという奇跡であること」だと理解していた。
天下布武を急ぐ信長は、「自身が神になってしまえば、皆が自分に従うであろう」という着想を思いつく。
そこで、一芝居を打つことにして、光秀と秀吉に命じる。
光秀は、少数の手回りで本能寺に宿泊する自分を襲うこと。ただし、信長本人はこっそり脱出しているので、遺骸はみつからない。
世間を欺くため「信長は討ち死にした」と喧伝し、安土城を焼け、と命じる。
安土城が灰燼に帰すれば、皆が信長の死を信じ込むだろうと。

一方、秀吉には、あらかじめ「中国大返し」を命じる。毛利との和睦を急がねばならないので、黒田勘兵衛に手助けするように命じる。
そして、山崎の合戦を行い、その最中に黄金の甲冑をまとった信長が現れる。
信長は「復活」したので神である。秀吉、光秀はただちに信長に従い、これを全国に宣伝する。
死から復活した神であれば、皆、信長の命に従うであろう。。。

光秀は忠実に策を実行するが、秀吉は違った。
黒田勘兵衛はささやく。「事が成就すれば、真相を知っている我らは必ず殺されましょう。それより、秀吉様は天下様におなりになるべきでござる」
「よくなしたまえ」と。
欲望に火が付いた秀吉は、天王山に潜んでいる信長一行を襲い、人知れず、これを始末してしまった。。。


評価は☆。
なるほど、である。うまく考えた筋書きである。心理ドラマとしても面白い。

この説には、しかし、弱点がある。光秀が信忠を襲っていることである。
信忠は、信長の復活にはまったく関係ない。困った作者は「信忠のことは手違いだった」と光秀に言わせている。
しかし、光秀に限って、まず「手違い」はあり得ないだろう。
だいたい、手違いで跡継ぎを殺してしまったら、光秀の一族郎党、粛清は間違いない。
光秀は、やはり「確信犯」で信長を討ったはずである。

私は、単純に光秀は「天下取り」のために立ったのだろうと思う。
光秀の「三日天下」を笑う人は、物事を心得ていないであろう。
男と生まれて、三日であっても天下をとれば、実に大した物ではないか。
まずは、天下の「て」の字にも手が届くことなく、大半の男は一生を終わるのである。
光秀公は、天下を放浪し、まさに素浪人の身から、ついに天下を掴んだ。
秀吉に次ぐ立身といって良い。
すごいもんだなあ、としみじみ思うわけである。

こちとら、天下どころか、我が身一つがどうにもならない始末。比べものにもなりませんなあ。