Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

その女アレックス

「その女アレックス」ピエール・ルメートル
2015年の「このミス」海外1位。そのほか、国内のミステリ関連の賞をすべてなぎ倒した傑作である。
ついつい、食指が動いてしまった。

ちょうど30歳の独身美人、アレックスが主人公。
小説の冒頭は、彼女がカツラを品定めするところから始まる。見知らぬ誰かになれるという、その感覚を彼女は好んでいるのだ。
その彼女を、ひそかに尾行してくる男がいる。ストーカーなのか?
気がついた彼女だが、あえて無視していると、夜の帰り道でいきなり車で手荒に拉致される。
そう、彼女は誘拐されてしまったのだ。

目撃者の証言をもとに、警察が動きだす。
身長がわずか145センチしかないカミーユ警部が中心である。
彼は、自分の妻を誘拐で失ってから、この種の事件を手掛けることはなかったのだが、今回は緊急だった。やむを得ず、彼はトラウマを克服しながら動き始める。
そのカミーユを支える周囲の警察の仲間たちとの交流が、なかなか洒落ている。

さて、誘拐されたアレックスは、あわやというところで、なんとか脱出する。
誘拐犯人は、警察に追われて自殺していた。
警察は、脱出したはずの被害者を追うが、まったく足取りがつかめない。
そして、なんとか逃げたアレックスは、実は連続殺人犯人だったのである。
彼女は、次々と凶行を重ねる。
身動きできないほど相手を殴打しておいて、最後に80%の濃硫酸を飲ませ、喉をどろどろに溶かす、という残虐な手口が、彼女のパターンである。
そして、ある夜。
アレックスは、空港近くのビジネスホテルで、以前から決めていたことを決行する。
彼女は、身の回りの品を始末し、服薬自殺した。

警察は、連続殺人犯の自殺を発表し、カミーユは事件の処理を任される。
彼は、アレックスの生い立ち、足取りを丹念に追って、彼女の犯罪の動機を捜査する。
そして、ついにその動機が、彼女の生い立ちそのものにあることを見出した。
アレックスの家族である母、兄が事情聴取に応じる。
過去に、いかなる虐待行為があろうとも、告発するべきはずのアレックスは自殺しているのだから、もはや事件化することはないと思われたが。。。
カミーユは、最後に、止めをさした。。。


これは、すごい小説だ。
海外ミステリ関連の賞を総なめ、まったく当然であると思わざるを得ない。
評価は文句なしの☆☆☆である。

この小説は、確かに読者の予想を次々と覆す。
しかし、それは日本の叙述トリックのようなものではない。
叙述は、極めて正確で、読者を騙そうという意図はない。ただ、読者が予想する先の展開パターンにはまらないのである。
最初は誘拐がテーマだと思い、その次に頭のおかしなシリアルキラーものであると思う。
実際に、アレックスの行為はシリアル・キラーそのものである。
ところが、最後に示される結論は、そうではないのだ。アレックスが、そうするしかなかったと、読者に分かるようになっている。
そこで、初めて、最後のビジネスホテルで自殺したアレックスの寂しさが分かるのだ。
平凡なホテル、平凡な夜。前から決められていたこと。それを、寂しい寂しいと言いながら、涙を流して彼女は亡くなる。
巻末に至って、そのときの彼女の気持ちを理解した読者は、やはり彼女のための涙を我慢して嗚咽するしかない、そんな小説だ。

もう十分ネタバレなので、これ以上は書かない。
この小説は、読むしかない。
そうでないと、体験できない世界がある。

著者のピエール・ルメートルは、なんと55歳にして小説家デビュー。
もちろん、年齢が遅かったから、作品の数は少ないが、そのいずれもが高い評価を受ける傑作ばかりらしい。
さも、ありなん。こんな素晴らしい作品は、とても20や30の小僧では書けまいよ。

こんな小説を読めるから読書はやめられないのである。ほんとに素晴らしい。
とにかく手に入れて読むべき。
損はしないと保証しますよ、はい。