Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

日本人へ 国家と歴史編

「日本人へ 国家と歴史編」塩野七生

この人の「日本人へ」は以前に「リーダー編」を読んで面白かった。
基本的に、文芸春秋への連載を収録したものである。
この本では、東日本大震災前までの連載が納められているので、民主党の迷走政治時代の話が多い。
しかし、本人はおそらく「まったく筆を改める必要がない」とおっしゃるはずである。
そのくらい、この著者のものの見方というのは、ローマ時代という物差しで確立しているといえるし、逆にいえば「浮世離れ」しているかも。
でも、それが良いのである。

たとえば、沖縄返還について、民主党時代に米国と自民党(佐藤政権)の間で「密約」があったというのが明らかになった。
国内では、保守派も含めて「売国だ」という批判の声がしきりであったが、著者はいう。
「戦争で負けて失った領地を取り戻すというのは、とても大変なことである。基本的には、また戦争で取り返すよりほかにない。それを、話し合いで返してもらおうというのである。密約でもしなければ、不可能だったろう(singleによる勝手な意訳)」
あっさりと「密約やむなし」とする。
その上で、戦後すでに半世紀以上、それが秘密であったというのは別の話だとする。

これこそ、彼女が信奉するマキャベリズムの真骨頂であろう。
戦争で勝ち取った領地を、誰がニコニコ顔で返してきたりするものか。
返してもらうには、相応の交渉をしなければならない。
現実論で考えるならば、あのとき密約をしなかったら、沖縄は米国の領土のままであろう。
ま、昨今の基地移転問題を鑑みるに、あのまま米国領土のほうが良かった、という意見もあるでしょうが。。。

そのほか、民主党に対する大連立の提案とか、仕分けを官僚のディベート大会にしてしまえ、とか。
いわゆる「書生論」だと思うのだが、これほど立派な書生論は、そうそうお目にかかるものではない。

評価は☆。

ところで。
安部首相が、北方領土問題を解決に導こうとして、プーチン大統領と山口で会談するようだ。
これは予想だが、たぶん、はかばかしい前進はないであろう。
ロシア側には、北方領土を返す理由がない。
ロシアは、ウクライナ情勢をめぐって、米国やEUから経済制裁を受けており、原油価格の下落もあって、経済危機に直面している。
安部首相の経済協力が、だからこそ大きな価値があった。
そればかりではない。日本は、米国の緊密で忠実な同盟国である。ロシアにとっては、米国の一の子分に見える(はずだ)。
であるから、少し日本に譲歩して、そのかわりに、米国親分に「とりなし」を頼む。大きな意味があるはずだった。

ところが、トランプ氏が大統領選挙に勝ったことで、情勢は変わった。
トランプ氏は、米国内の経済にしか興味がない。ロシアと対話する、と言っている。
プーチン大統領としては、トランプ大統領と直接対話ができるなら、なにも日本の機嫌をとる必要などない、ということになる。
かくして、絶好の機会は消え去った。
反グローバリズムというイデオロギー的なものの考え方から、トランプ氏の当選を期待していた人も多かったと思うが、そのトランプ氏の当選が北方領土というもっともグローバルな問題に影響したとしたら、どういう顔をするだろうか(苦笑)
おそらく、そのような事例は、これから枚挙に暇がないほど、たくさん発生してくるであろう。

だからこそ、マキャベリズムが必要なのだ。
思想があるから、思想どおりに世の中が進む(逆に、思い通りにいかないのは、悪い思想のせいだとする)と思い込むのは、現実への処方箋としては、はなはだ子供っぽい態度である。
世の中は、もう少し辛らつにできている、ということを知るには、本書のような書物は大いに役に立つと思うのですなあ。