Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

マネー喰い

「マネー喰い」小野一起。副題は「金融記者極秘ファイル」。

主人公の山沢は、日刊の経済紙の記者である。
かつて、何度も特ダネをスクープしながら誤報も少ないことから、業界を超えた有名記者である。政治家転進の噂も出るほどだ。
しかし、本人はその気は一切なく、すでに50歳を迎えようとしているのに、いまだに前線にこだわり続けている。
おかげで「労名主」というありがたくない渾名まで頂戴している。
その山沢の携帯に、出所不明の情報が突然メールされてくる。
某巨大銀行の業務提携というビッグニュースである。
山沢は裏をとったが、長年信頼を培ってきた銀行の役員から、発表は明日の朝にしてほしい、と頼まれて承諾する。
しかし、そのニュースは、同業ライバル2紙の夕刊に掲載されていた。
記者にとって、もっとも恥辱である「特オチ」である。特ダネ情報からひとり、取り残された格好になってしまった。
実は、ライバル2紙の記者も、山沢と同じく出所不明のメールが届き、それをフォローしたのである。

いったい誰がメールを送ってきたのか?
背景を探る山沢のところに、第2弾のメールが送られてきた。
締め切りまで時間がない中で、山沢は記事をフォローし、特ダネを掲載する。
2度にわたる特ダネのリークがあったというわけである。

誰が、なんのためにリークをしているのか?
その背景を探っていた山沢は、銀行の提携は体裁を取り繕うためのうそであり、実は巨額の運用失敗による特別損失を合併先の銀行に押し付ける巨大な粉飾疑惑が隠れていることに気づく。
しかも、そのストーリーを進めているのは、ほかならぬ金融当局である。
巨大銀行の事実上の破綻となれば、日本の金融システムに与える打撃は大きい。それで金融当局までもが、粉飾に加担していたわけである。
しかし、その行為を好ましくないと思う別の官僚もいる。
面従腹背の官僚以外に、ことの真相をリークできるものがいない、と山沢は結論づける。
そこに第三のメール。まえの2回とは比べ物にならないくらいの重大ニュースだった。
真相を報道するべきか、それとも日本の金融システムがめちゃめちゃになる危険を思って踏みとどまるべきか?
ライバル2紙の記者もたじろく中で、山沢は、ひとつの解決を見出す。。。


本書の著者は実際に金融記者を長年務めたそうで、ディテールの細かさ、取材手法の描写はずば抜けていると思う。
ほんとうの記者の活動を垣間見せてくれる、貴重な小説である。
評価は☆。

この小説は、いわゆるリークをめぐる情報小説であるともいえる。
人は、なぜリークをするのか。
解説の元外務省佐藤優氏は、リークには3つの動機があるという。
ひとつは、自分の立場を強くするため。いわゆる提灯記事に近いものを狙う。
2つめは、ライバルを蹴落とすため。ライバルにとって不利な情報を漏らす。
最後に、名誉欲のため。単に「俺は大物だぞ、こんなことを知っているんだぞ」という自己顕示欲を満たすためのリークであり、政治家に多いそうだ(苦笑)。
本書には、その3つのリーク形態がたしかに描かれている。

リークは、官僚に限らない。純然たる民間だって、リークはある。
「例の件の予算、そろそろ決まりそうですか?どちらさんが有力ですか?」
「あのご提案ですけど、どんな感じですか?役員会の決済に回りそうですか?どこかに反対者が?」
こんな商談における「情報提供」は、普通にある。
何も、セールスに来ている業者に情報を提供してやる義務なんかないわけだ。
しかし、しばしば、このようなリークは行われる。
その動機も、まさに佐藤氏があげた3点のどれかに該当すると考えてよいと思う。

リークしたり、されたり。
世の中、お互いに「腹の探りあい」で成り立っているようなところ、確かにありますねえ。