Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

警察庁長官を撃った男

警察庁長官を撃った男」鹿島圭介。

1995年、全国を震撼させる事件が発生した。
なんと、現職の国松警察庁長官が朝の出勤時に、自宅マンションから出たところを何者かに狙撃されたのである。
犯人は4発を発射し、うち3発が長官に命中した。
犯人は、そのまま自転車で逃走した。

当時、オウム真理教の起こした地下鉄サリン事件が大きな騒ぎとなっていた。
警察では、サリン事件の捜査妨害を意図したオウム真理教の一派が引き起こした事件との疑いを強め、警察の威信をかけて大捜査が行われた。
ほどなく、警察の公安にオウム信者であるK巡査長が怪しいという情報があがり、いくつかの媒体にもリークがあった。
K巡査長は犯行を自供し、一件落着かと思われたが、実はまったくそうでなかった。
巡査長の自白には、犯人しか知り得ない「秘密の暴露」が一切無く、肝心の犯行に使われた銃も発見できなかった。
自供では、水道橋の上から神田川に投棄したことになっていたのが、まさに底までさらって、まったく何も出なかったのだ。
おまけに、K巡査長の自供はコロコロと変わり、とても公判に耐えられない。
警察では、K巡査長ではなく、彼はオウムの支援者の一人であり、別の人物の犯行として捜査を継続。
しかし、有力な容疑者と見られた平田信が逃亡しており、検挙できず。
ついに、2010年に時効を迎えて、未解決事件となる。
オウム事件最大の謎」とされているのが、この事件である。

本書は、その事件を自白した人物、中村泰に関する捜査を丁寧に追った、渾身のルポである。
中村泰は、1930年、水戸の生まれ。つまり、犯行当時は65歳の老人だったことになる。
若い頃から秀才とうたわれ、東大に入学するも、在学中に左翼思想に傾斜して事件を起こす。
執行猶予判決を得たものの、東大は中退。
その後、極左活動家として銀行強盗を働く最中に、職務質問をしてきた警官を射殺。無期懲役を宣告されて20年間服役する。
仮出所後の生活はまったく分からない。
2000年に、名古屋でUFJ銀行への強盗を働いているところを警備員に取り押さえられて逮捕。
同じ手口で続発していた事件も余罪として追究される。
その中村のアジトを捜索した捜査員は、驚きのあまりこう言った。「なんだ、こいつは一人で戦争でも始めるつもりだったのか?」
そこには、なんとガスマスク、防弾チョッキ、拳銃、ライフル、機関銃、大量の実弾、大量の偽造パスポートに免許証が見つかったのである。
強盗障害ならびに銃刀法違反で起訴され、勾留を受ける中で、ついにある日、中村は話す。
警察庁長官を狙撃したのは自分である」

長官狙撃事件は、公安が主体となって捜査していたが、中村の供述に基づいて刑事部が捜査を開始。
多数の「秘密の暴露(犯人しか知り得ない情報)」が確認された。
唯一、確認できなかったのは、中村がフェリーの上から海中に投棄したと話した銃、コルト・パイソン8インチだけである。

しかし、警察庁長官の米村は、公安出身であり、根強くオウム犯人説をとっていたため、中村犯人説は否定される。
時効ギリギリになって、某弁護士が検察へ直接、告訴。
ただちに東京地検(!)が中村を調べた。
刑事いわく「犯人の確率200%」を検察も認めたが、公判に耐えうる最後の物証、銃が手に入らない。
そして、中村と共犯のハヤシ(現場からの逃走を助けた軽自動車の運転手)についても、中村は口を割らない。
かくして、ついに検察の手を持ってしても、この事件は迷宮入りとなったのだ。。。


評価は☆☆☆。日本の出版史に残るというべき、ルポルタージュの大傑作である。
私も、中村犯人説に完全に同意する。

本書の内容について、一点、補足をしておきたい。
中村犯人説を否定する要素として、銃の発見ができないことのほかに、現場での犯人目撃証言との不一致がある。
「犯人は、身長170cmから180cmで、もっと若い人に見えた」というものである。
これについて、私は次のように考える。

捜索された中村のアジトからは、複数のシークレットシューズが押収されている。
身長160cmの中村が変装するのに必要であったからである。
おそらく、犯行当日、中村はシークレットシューズを着用していた。
その理由は、逃走の自転車だ。
共犯の軽自動車が待つ地点まで、自転車で4分。つまり、走っても充分な距離であり、わざわざ自転車を用意する必要に乏しい。
この理由はシークレットシューズにあり、それを履いていたから走れなかったのである。だから、自転車が必要だったのだろう。
変装した中村が若く見えることはUFJ銀行で取り押さえた警備員が「捕まえてみたら、老人だったので驚いた」と証言していることで伺える。
常々戦技を練習していた中村は、おそらく、身のこなしが若かった。サングラスで顔を隠してしまえば、中背のやせ形で若く見えたのに違いない、と思うのである。

この中村を起訴に持ち込めなかったのは、警察の痛恨事であると思う。
日本犯罪史に残る老テロリストにして優秀なるスナイパーの告白を、読んで損がないと確信する。

著者が、服役中の中村に会って、質問をする下りがある。
「なぜ事件後、引退を考えて凶器を処分していたとき、すべて処分してしまわなかったのか?そうすれば、再び事件を起こすこともなかったのに」
これに対して、中村は一言
「それは未練です」
と答えている。
この年齢になって思うのだが、この回答に嘘はないだろうと。
ひしひしと、最近感じることですよ。