Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

信長を撃いた男

「信長を撃いた男」南原幹雄

”撃いた”で「はじいた」と読むのである。私は初めて見た。
ヤクザが拳銃のことを「ハジキ」と言い、拳銃で銃撃することを「はじく」という。そこからの当て字なのだろうか?
なんだかキラキラネームのようなタイトルである(笑)。

信長を狙撃した男として有名なのは杉谷善住坊で、この名はかの太田牛一信長公記」にも見えるから事実なのであろう。
もっとも、信長公記には、信長が浅井朝倉攻めに失敗して岐阜への帰路、千種峠で撃たれて手傷を負ったこと、狙撃手が杉谷善住坊であったこと、その杉谷善住坊は3年後に近江北の高島郡での反信長戦に身を投じているところをとらえられ、往来に首だけ出して埋められて、その首を竹のノコギリで引かれて死んだ、という記述があるだけである。
この話は信長の苛烈さを物語るエピソードとしてよく引用されるものである。
死刑に処すにしても、竹のノコギリはひどい。そんなもんでギコギコやられる苦痛は想像を絶する。一思いに殺すほうが、遥かに慈悲である。

この小説は、冒頭、杉谷善住坊が主君の六角承禎から信長暗殺を指示され、千種峠で狙撃するものの外れるシーンで始まる。
杉谷は甲賀の住人で、いわゆる忍者なのだが、甲賀は火器の使用で有名である。
甲賀の中でも杉谷善住坊は鉄砲名人とうたわれ、飛ぶ鳥を撃ち落とすという腕前で評判だった。
その杉谷が信長を狙って、まさに射撃のとき、とつぜん山蜂が飛んできて杉谷の鼻を刺した。「あっ」と思ったときにはタマは外れていた、というわけである。
当時の火縄銃は連射できないので、一発はずしたら後がない。
ここから杉谷は決死の逃亡をすることになるのである。

一方、信長は杉谷の追手に、蒲生氏郷の叔父の蒲生典膳を指名する。典膳は、素行が悪くて兄と喧嘩をして家を飛び出してしまった豪傑で、氏郷以上と言われる傑物、となっている。この人物は架空の人物である。
この典膳が、ジリジリと杉谷を追い詰めてゆく。
杉谷は大胆にも信長側に寝返った甲賀の豪族、多羅尾の場内に忍び込み、そこの天井裏をすみかとする。灯台もと暮し、である。
そして、多羅尾の16歳の姫、お歌をたらしこんで自分の女とし、手足に使うことで情報を得るようになる。
しかし、この城にも典膳がやってきて、いよいよ杉谷は追い詰められて、夜陰に紛れて城を脱出する。。。


かつて、日本でも国松長官銃撃事件というのがあった。
大胆にも、警察庁長官をピストルで狙撃し、犯人は逃走。オウム真理教の信者が犯人という説が流れたが、結局オウム信者が逮捕されたものの、犯人らしい手がかりは得られないまま迷宮入りしてしまった。
(私は、この犯人は中村泰であろうと思っている。東大卒の老テロリストである)

警察庁長官の狙撃もすごいが、信長といえばまさに天下人である。その信長を大胆にも狙撃したのから、杉谷は日本史に残る狙撃犯といえよう。
ただし、失敗したわけなのだけれども。

小説は「こんなこともあったろうなあ」と思わせる点で、よくできていると思う。
☆☆である。
お歌をたらしこむ場面で媚薬を使う描写があるのだが、さすがに、そんな都合の良い薬はないので(笑)これは読者サービスだろうな。
私はいつか、官能小説を書いてみたいと思っているのだけど、こういう際どい描写はなかなか参考になると思った(苦笑)。
まあ、結局は「都合の良い空想」なので、普通の小説は「ご都合主義」と非難されるのだが、官能小説はいかに都合が良くても構わないわけだ。
むしろ、いかに都合よく書くか、だからなあ。より自由度が高い。うん。

昨今、社会への不満だとかなんだとかで、子供を襲ったりあおり運転する輩が目立つ。
ダメである。
不満があるなら、狙う相手はそこではあるまい。
ダメなやつは、何をやってもダメなんだなあ、と思う次第。
杉谷善住坊は偉かった、ということでしょうかねえ。