Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

鳳雛の夢

鳳雛の夢」上田秀人。

 

この人の「奥右筆秘帳シリーズ」は、たいへん面白く読んだ。
江戸時代の江戸城奥右筆というのは、今で言う事務局であるが、事務方として意外な力を持っていたようだ。
「右筆」というのは平たく言えば「手紙の代筆屋」なのだが、当初は殿様の代筆だけしていたのが、だんだん各種届け出まで受け持つようになる。
となると、届け出を受け付けるにしても却下するにしても、過去の判例が必要なので、それらの管理もするようになる。
ついには、業務多忙につき、ということで、面倒くさい届け出を後回しにするようになり、早く決済をもらいたい連中が「付け届け」をするようになって、絶大な権力を握るようになるわけである。
まあ、現代の官僚と同じである。
その奥右筆が、将軍の後継争いの暗闘に巻き込まれていく話で、つまりは髷物チャンバラ小説なのであるが、実に面白かった。
その作者が、奥州の雄、伊達政宗に挑んだ作品である。


伊達政宗の祖父、父にまたがる家中の混乱や正宗苦戦の初陣から、江戸城で家光に媚を売りまくる強かな晩年までを描いている。
おおむね、史実に忠実に描いた作品であろう。

 

評価は☆
伊達政宗、という人物を知らない人には、丁寧に史実が書き込まれているので、とても参考になると思う。
しかし、さほど面白いか?といえば、それほどでもない。
まあ、空想でなんでも書き放題のチャンバラ小説とは違うので、これは仕方がない。
仕方がないが、やっぱり「上田秀人はチャンバラのほうが面白いな」と思ってしまうのである(苦笑)。

 

伊達政宗といえば独眼竜というわけで、少し生まれるのが遅かったばかりに天下を取れなかった男、というイメージが有る。
だが、本書を読んだ感想でいえば、それはちょいと過大評価ではないかと思う。
正宗自身の責任ではないが、父祖の代からの騒動で、最上と相馬とはずっと争う運命である。
おまけに、北関東の雄、佐竹まで出張ってくる。
仮にここを抑えても、どうして北条を突破するかと考えると、まあ無理じゃないか。
関東には、上杉も出陣してくるだろう。
初期配置が悪すぎて、ちょっとどうにもならないな、という感じがする。
仮に正宗悲願の奥州統一を少し早く達成できたとしても、そのまま関東を制覇するイメージが湧かない。
関東をとれば、かつての平将門公の考えたように、東日本を独立という目もあるかもしれないが、奥州だけなら、統一勢力に潰されるのは避けられないように思う。
そのあたりが作者にも見えすぎて、それでイマイチ筆が走らないのかもしれんな(苦笑)

 

ところで、史上唯一、奥州から京を脅かした人物がある。
それは南北朝時代北畠顕家卿である。
公家の身でありながら、奥州騎馬軍団を率いて多賀城から進発し、関東を抜けて東海道を一気に南下し、一度は京の足利尊氏を撃破したのだから、これはすごい。
途中の補給もまともに出来なかっただろうが、むしろそれ故に神速の騎馬で駆け抜けたのであろう。
個人的には、かの楠木正成公に匹敵する武略であると思う次第。
残念なことは、北畠顕家卿は身分の低い楠木正成公をあまり良く思っていなかったらしいことである。
このあたりにも、南朝の敗退する原因があったのではないか。
南朝内部のゴタゴタで自壊していく小説、誰か書いてくれないかな。
まあ、あまり売れそうにないから、無理かなあ(苦笑)