Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

幽霊ピアニスト事件

「幽霊ピアニスト事件」フレドゥン・キアンプール。

主人公のアルトゥアは1945年に29歳にしてベルリンで死んだピアニストであった。
彼は、突然、50年後の1999年にパリで蘇っているのを発見する。
ホテルのラウンジで知り合ったベックという若者に保護されることになり、彼らがねぐらにしている音楽大学のクラブハウスにいく。
そこで、現代の音大生たちの自由気ままな生活を垣間見ることになるのだ。
そうしているうちに、彼と一緒に死んだはずの友人も同じく蘇っており、再会する。
そして、音大内部でのコンサートを見ると、どうやら、彼らのほかに、別にさらに蘇っているものがいるらしい。
物語は、アルトゥア達が亡くなった大戦中まで戻る。
アルトゥアはポーランド国籍を持つユダヤ人であり、ナチスを避けてパリに逃亡してきたのであった。
パリは当時もっとも華やかで、かつ19世紀の雰囲気を残す街であり、いまだに貴族たちが住む街でもあった。
アルトゥアたち音楽家は、ラウンジでピアノを弾き、そこで声をかけてくる有閑マダム達のおかげで生き延びていたのである。
まあ、もちろん、そういうことである(苦笑)。
一方、若くて勇敢な者たちは、ナチスに対する抵抗をするパルチザンに身を投じるのであった。
アルトゥアはしかし、そんな勇気の持ち合わせがなく、ナチスのフランス侵攻でスペインまで逃亡する。
そこで、不思議な老人に匿われる。
その老人は音楽にも深い造詣をもっていたのだが、ある日、ナチスユダヤ人狩りにあい、アルトゥア達をかばって命を落とす。
アルトゥアたちは、残りの戦争中をアフリカのチュニスに逃げて過ごす。
戦争が終わってパリに戻ると、かつてパルチザンに見を投じた女性から軽蔑される。
罪悪感を持っていたアルトゥアたちは、秘密資金をベルリンの東側に住む、かつての老人の息子に届ける役目を買って出る。
老人の息子は優れた作曲家で、戦後のソ連の芸術弾圧に抵抗して、芸術家たちの亡命を支援しているというのだ。
そこで、アルトゥアたちは老人の息子の支援者と名乗る人物の裏切りにあい、射殺されたのである。
そして、どうやら幽霊として蘇っているのは、その老人の息子らしかった。
次の音楽大学のコンサート中に、ヴァイオリニストが殺害された。
その次のコンサート中には、演奏中にビール缶を開けた二人の若者が殺された。
犯人は、老人の息子の幽霊らしい。
アルトゥアたちは、老人の息子を再び黄泉の国に封印するべく動く。


ミステリだと思って読んだのだが、犯人が幽霊でしたという時点でミステリではない(笑)。
音楽ファンタジーというべきか。
作品中に、名曲の数々がさり気なく紹介される。
クラシックを好きな人にはお勧めしたい作品である。
評価は☆。

この作品では、殺人の動機が「音楽を冒涜したから」というものなのである。
シューベルト変ロ長調ピアノ・ソナタをあんな風に弾くのは許せない、というのである。
変ロ長調というからには、21番に相違ないと思うわけである。
つまり、かつてのコルトーやティボーが活躍した時代の音楽解釈と時代の空気、それと現代では、あまりに違う。
かつての解釈を知る音楽家にとっては、それは音楽の冒涜なのだ、というわけである。
クラシックファンであれば、このへんの幽霊の心情を少し、わかるのではないかと思う。

その幽霊のアルトゥアは、1999年のレコードのピカピカした円盤が凄まじく音が良いのに驚き、その「カナダ人のピアニストがべらぼうにうまい」のに驚く。
作品中では、1945年からやってきたアルトゥアが「べらぼうにうまい」と思ったピアニストの名は書かれていない。
私は、この作品を読んだあとで、グレン・グールド平均律クラヴィーアのCDをかけて聞いた。
これのほかに、あるわけないじゃないかと思いながら。