30代、私が必死にベンチャー企業で上場を目指し、がむしゃらに働いていた頃。
そこが作っていたのが、地元の伊万里焼で球形に仕上げたスピーカー「moon」である。
私が営業した先であり、嬉しさ半分義理半分といった感じで、そのスピーカーを買った。
聞いてみて驚嘆したのだ。
直径27cmのまんまるな球体、そこに取り付けられた、わずか12.5cmのスピーカーユニットから、聞いたことのない豊かな音楽が流れ出たからだ。
当時の上司に大絶賛を評を伝えると、その上司も買った。特価で、2本10万円だったが、本来は倍したと思う。伊万里の焼き物単体でも高価だ。
その上司も大絶賛、それまで使っていたスペンドールBC2という有名なスピーカーを使わなくなった。その上司から噂をきいた鹿児島放送の当時の常務さんまで購入、これまた大絶賛というおまけまでついて、私の周囲では「moonブーム」が起きた。
しかし、私のmoonは壊れてしまったのだった。海外製の大出力アンプから、おそらく盛大なDC漏れがあったらしい。片チャンネルがアンプともどもお陀仏に。
メーカーの社長さんにも相談したが、すでに修理は不可能だという。
そのうち、メーカーの工房もなくなってしまった。
引っ越しのとき、泣く泣く処分した。
それから、20年近い時が流れた。
いろいろなスピーカーをあれから購入したが、moonを超えるスピーカーについぞ会えない。
ところが、である。そのmoonが、ついにヤフオクで出品されているのを偶然見つけた。
しかも私が使っていたのと全く同じ、moon柄なのだ。
この前の24日、なんとクリスマスイブに無事落札した。思ったより安価だったが、いくらになろうと入手するつもりだったのは当然である。
約20年ぶりにmoonと再会した。
思わず「おかえり」と声をかけた。
今日は、大好きなチャイコフスキーの5番を鳴らした。
あのときと、まったく同じ音がする。
無我夢中で仕事をしていた頃、自転車の帰りに落車して骨折したこと、母がお正月もずっと来てくれたこと、パニック障害になったこと、そして冬の夕暮れに、赤羽の一軒家の(貸家だった)三畳間でずっとFM放送を聞いていたこと。
すべてを思い出した。
もう手放すことはない。
私のオーディオ復帰熱も、そろそろ終わりそうである。
この正月に再会をじっくりと楽しむつもりだ。