Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

比ぶものなき

「比ぶものなき」馳星周

 

馳星周といえば「不夜城」シリーズ、つまりは新宿のアウトロー物語が看板だと思うのだが、なんと時代小説である。
主人公に据えたのは藤原不比等である。

不比等藤原鎌足の子供であるから、大化の改新を成し遂げた中大兄皇子の寵臣であった。
しかし、その天智天皇の死後、壬申の乱が起こる。
政権を握ったのは弟の大海人皇子であるが、藤原不比等は敵対した大友皇子の陣営にいた。よって冷遇されるわけである。
しかし、今度は大海人皇子天武天皇)あとを継ぐはずの草壁皇子が早世。
大海人皇子が亡くなり、世継ぎ問題が発生したところで不比等は出世の足がかりを得る。
草壁皇子の皇后、鸕野讚良が子供の軽皇子皇位につけたいが、幼少なのをみて、なんと鸕野讚良自身に皇位をついで天皇になるように勧めたのである。
鸕野讚良の父は天智天皇だから、女性とはいえ男系であるので、一応、相続の権利があるわけである。大海人皇子とは姪の関係になる。
こうして持統天皇が即位し、藤原不比等持統天皇とともにその息子、軽皇子皇位につけるべく暗躍する。
こうして、比ぶものなきと呼ばれる権勢を握っていく。
政治のことは不比等自身が掌握したが、宮中のことはどうしてもわからない。
そこで、不比等は宮中にいつも陰のように付き従っている女官に目をつけた。女官の中でもっとも持統天皇の信任を得ているのは県犬養道代であった。
不比等は自分と同じ野望を道代が持っていると見抜き、二人は同志的な愛情で結ばれる。
こうして宮中の情報をすべて把握する一方で、皇位の継承について説得性をもたせるため、渡来人達に神話を書かせることを思いつく。
こうして世子である日本書紀と、神話である古事記の編纂がはじまる。
天照は持統天皇のことなので女神とし、その子孫が天皇としてこの国を治めるということにした。
一方で、あまりに大きな功績のあった蘇我氏については都合が悪いので、仏教伝来にかかわる蘇我氏の功績をすべて聖徳太子のものとして記述することにした。
こうして苦労のすえに、軽皇子皇位を継承し、文武天皇が即位する。
しかし、その文武天皇も早世してしまう。
文武の息子である首皇子を即位させるには早すぎるので、不比等は再び同じ手を使い、母親の阿倍皇女を皇位に立てる。これが元明天皇である。
さて、首皇子皇位を継承させるにあたって、不比等は最後の条件を出す。
それは、不比等と道代の娘を首皇子の皇后にすることであった。
こうして、ついに皇族以外のところから皇后を迎えることになり、不比等天皇外戚の地位を手に入れる。
藤原摂関政治の始まりであり、天皇の后を藤原氏とその一族から迎えるというしきたりのスタートになった。この仕組は、なんと昭和に至って皇太子が「平民」の美智子妃殿下を迎えるまで続くのである。。。


一部で支持されている「聖徳太子非実在説」「天照もとは男神説」を俯瞰して記述したような小説である。
つまりは、これらの犯人は藤原不比等であるというものだ。
私は聖徳太子非実在説までは知っていたが、それが天照大神男神説までつながっているとは思わず、たいへん参考になった。
とはいえ、それだけでは説明できないことも多いと思われる。
ともあれ、面白いのは間違いなし。
評価は☆。


日本書紀古事記の記述の違いは、日本書紀がいわば唐向けの正史であるのに比べて、古事記は国内向けの宣伝文書であるからというのはよく言われる。
しかし、たとえば天照が男神だとすると、弟のスサノオが暴れたので天の岩戸に隠れてしまった、というような話がしっくりこない気がするのである。
もしも兄弟喧嘩であれば、実力行使に及ぶのが普通(うちの兄弟だけか?)だと思うのに、自ら隠れてしまうというのはいかにも女性らしい話だと思うのである。
仮に、岩戸隠れが天照を女性らしく見せるための創作だというのであれば、弟のスサノオの暴力沙汰があまりにも行き過ぎであるとも思える。
古事記の前半はまさにスサノオがスーパースターだからである。
私は、古事記の謎はなぜあんなに荒ぶる神のスサノオがもっとも尊い天の一族であったかという点が最大だろうと思っている。
スサノオは出雲に下ってオオクニヌシの先祖になるわけだが、あんな暴力沙汰の神をなにも高天原一族にしなくても良いではないか。
なので、まだまだ古事記の謎はぜんぜん残ると思っている。
ただの国内向け宣伝文書にしては、余計な記述が多すぎるし、天孫一族に対して不利な記述だとも思うのである。

まあ、古代史はそもそも卑弥呼の謎から解かれていないので(もちろん卑弥呼=天照説もあるし)まだまだロマンの残る分野なんでしょうなあ。