Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ドラマ・シティ

「ドラマ・シティ」ジョージ・P・ペレケーノフ。

主人公ロレンゾは、麻薬販売の罪で刑務所で服役し、出所後は更生を目指して動物管理局で働いている。市民から通報を受け、虐待されている動物を保護するのが仕事である。
保護された動物に、適当な飼い主が現れない場合は処理される(日本と同じ)。彼は、保護した動物を連れ帰ったことはない。なぜなら、キリがないからだ。しかし、ただ一等の雌犬、ジャスミンだけはなぜかそうできなかったので、処理される前日に自宅に連れて帰った。以後、一緒に暮らしている。
彼の更生ぶりを、保護観察している監察官がレイチェルという女性である。実は、レイチェルもアル中であり、彼ら二人の間には奇妙な友情が流れる。

幼なじみのナイジェルは、かつてロレンゾと一緒に麻薬を販売していた。ある日、ナイジェルの部下がささいな縄張り争いが発端で殺されてしまう。
さらに、その殺人事件の犯人に、偶然ナイジェルを監察のために訪問したレイチェルまでもがナイフで滅多刺しにされてしまう。
ナイジェルは、部下の復讐を決意する。
ロレンゾは、長年封印していた衣装ケースの下からピストルを取り出す。ナイジェルを助け、レイチェルの仇をとるために。
しかし、ナイジェルは、出発直前にロレンゾに見張りをつけてピストルで脅し、足止めを食わせる。
お前は来るな、お前は、立派に更生してくれ、それが俺の誇りだとナイジェルは言う。そういう普通の生活がしたかったと。
ロレンゾはナイジェルに、お前一人で行くな、お前だけじゃやられると叫ぶ。
しかし、一人でナイジェルは向かう。
殺人犯人は、すでにナイジェルの来訪を察知し、ショットガンで待ちかまえていた。
アパートに見張りと共に取り残されるロレンゾ。そのとき、彼の愛犬ジャスミンが動いて。。。

アメリカのワシントンD.Cを舞台にしたハードボイルド。
刑務所帰りのロレンゾが、かつての不良仲間達に馬鹿にされながら、犬の散歩をする情景が何度も現れる。それは、彼が取り返そうとしている「普通の生活」の象徴である。

ラスト近くなって、ナイジェルは言う。「この町は、ドッジ・シティだ」つまり、麻薬の売人の子どもは麻薬の売人をするしかない、そういう腐ったどうしようもない世界なのだと。
それに対してロレンゾは言う「こう考えてみないか。ドラマ・シティだと」貧しくても、希望を失わず、まっとうな生活を取り戻すために努力しよう、そういう努力をすることはできる、と。
そういうロレンゾを、ナイジェルは「誇りに思う」と言うのである。
ナイジェルは、本当は麻薬の売人をしたくはなかった「それしかできないというのは自分を騙していた」本当は普通の生活をしたかったことに気付く。しかし、彼はもう戻れなくなった自分を知っている。
ロレンゾは友のために、再び刑務所に入ることを覚悟し、ナイジェルは、友の「普通の生活」を守るために、自分一人で死ぬことを決心する。

評価は☆☆☆。
淡々とした筆致で進められる物語が、ラストに向けて大きな感動を呼ぶ。世の中とは、こんなにつらく、せつないものだろうか。悲しい光景に胸が詰まる。悪いと言えば皆悪いのだろう、しかし、そういう人は何もわかっちゃいないのだ。本当は、誰も悪くないのかもしれない。

最近、格差社会と言う。格差社会の批判は気楽である。格差がいけない、だから悪いと言っていればよいからだ。本当はそんなものではない、格差が悪を産むから悪いのではない。そうではなく、もっと大事なものを失うことが怖いのだという作者の声が聞こえるようだ。

全編に流れる詩情、よく練られた登場人物の造型、よどみなく流れるストーリー。現代アメリカのハードボイルド作品として、間違いなく第一級のものだと思う。
ラストシーン、不覚にも涙をこぼしそうになり、電車の中であったので大いに慌てさせられた。トシをとると涙線がゆるみやすくなっていかん(苦笑)。とはいえ、そんな小説は滅多にお目にかかれない。
大推薦の一作である。