「月まで三キロ」伊予原新。
最近、人気があるらしい。ふと気になって読んでみる。短編集というのも、読みやすくていい。
表題作の男は、静岡のうなぎの名店に入ってうなぎを食おうとするが、食えない。かつては好物だったのだ。
勘定だけを済ませて、個人タクシーを拾う。富士までいってくれという。
その場所を聞き、運転手は、参ったなあという。その場所は、有名な樹海だからだ。男は広告代理店として独立開業し、あっという間に行き詰り、妻には離婚され、母を亡くし、父は認知症になり、人生に行き詰って最後の選択をしようとしていた。
運転手は、そこには行けないが、自分がこれから行こうと思っている場所に一緒に行かないか、と誘う。男は承知する。
その場所は「月まで三キロ」の場所だった。実際には、月と地球の距離は38万キロなのだが。そこで、運転手は、思いもよらない身の上話を始めるのだった。。。
男の身の上は、珍しくもない話だ。そして、運転手の話も、珍しくもない話だ。この世では、不幸なんて日常にあふれている。ちょっとしたきっかけがあれば、人は簡単に転落する。転落すると、滅多に這い上がれないようになっている。この残酷な世界で、どうやって生きていけばいいか。あるいは、死んでいけばいいか。
そんな話だ。もちろん、そりゃ結論はわからないし、画期的な対策もない。ただ、話を聞くことだけはできる。それだけなんだろうと思う。でも、聞くことで、少し、気持ちが救われることだってある。
そんな日常の情景を切り取った短編集だ。
ドラマはない。いや、あるんだけど、それはよくある話に過ぎない。日常のドラマ、といえばいいか。
転落した中年男。行き遅れの中年女。恵まれているとはいいがたい。しかし、不幸だけでもない。だいたい、世に不幸はありふれている。
評価は☆☆。
ふーむ。
なんというか、純文学の短編小説よりは、15分ドラマのシナリオのようだ。
かつて読んだニューヨーカー短編集の舞台を日本に変えて、ローカライズしたみたいだ。だから、すごい画期的じゃない。ある意味でベタなのだ。
だけど、ベタでもいいのかなと思う。そのぐらい、不幸は世の中にあふれているんだから、ベタでいいということなんだろう。
ちょっと読んでいるとわかるが、著者は理工系の人だ。理工系の人が描いたエンタメ短編小説。そういうのも、あってもいいんだと思います。
