Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

人生ゲーム

「人生ゲーム」D・G・コンプトン。サンリオSF文庫、絶版。

1983年の近未来(笑)空から「月塵」と呼ばれる無機質のホコリが降ってくるようになる。この物質は、きわめて優秀な肥料であって、作物の生育を促し、今まで干ばつや不作に悩んでいた地域もすべて豊作になってしまうのだ。
この結果、豊かになりすぎた人類は、法律で週の労働時間を3日に制限するようになる。それ以上に働くのは犯罪である(笑)
ところが、この月塵の発生と同時に、奇妙な現象も起こるようになっている。奇妙なバラの香りとコーラスの声が聞こえるとともに、人間が蒸発してしまうのだ。
なんでそうなってしまうのか、まったく不明。つまり、人類は裕福と同時に不幸のくじ引きも手に入れたわけである。

主人公のウォリングフォードは、保険調査員をしている。生命保険のかかった人間が亡くなったときに、死体を確認するのが彼の仕事である。
美しい未亡人によって高額な保険がかけられていた被保険者のトレンチャード氏の死体を調べていた時、ウォリングフォード氏は、死体の瞳の色が違うことに気づく。
ほかのものはごまかせても、瞳の色は一番ごまかしにくい。つまり、死体は「替え玉」であった。
ウォリングフォードは、未亡人に「このまま保険を認めるかわりに、半額を自分によこせ」という交渉をする。ゆすりをするわけだ。
未亡人も、他に選択肢があるわけではなく、この取引に同意する。
かくして、大金持ちになることが決まったウォリングフォードであるが、さて、この豊かな世界で、大金をもって、いったいどうしようというのだろうか?
大金が入る予定から、保険会社を辞めた主人公は、未亡人と会うたびに、彼女に惹かれていく。
ゆすりの犯人と被害者の奇妙な恋愛関係に入る。二人は、保険金をもとに、新生活を始めようとするのだ。
しかし、二人は迷う。迷っているとき、バラの香りとコーラスが響く。
しばらくして、二人とも蒸発しないで無事だったことを確認した主人公は、未亡人に「一緒に暮らしていこう」という。
しかし、その直前まで、そのつもりだった彼女は、この申し出を断る。
「あのとき、どうして抱きしめてくれなかったの?」と彼女は言うのだ。
だからといって、どうにもなるわけではない、蒸発現象から誰も逃れられるわけではない、しかしそれでも私は抱きしめてほしかったのに。。。
主人公と未亡人は、互いが違う人間であることを確認して分かれるのである。
主人公ウォリングフォードは、保険金の半額の小切手をばらばらに細かくちぎって捨てる。。。

D・G・コンプトンの代表作とされている小説である。
しかし、残念ながら、日本にはほとんど紹介されていない。日本では、SF小説は50年代のジュブナイルもどきかスペースオペラしか紹介されなかった。
60年代全共闘教条主義的な頭の悪い学生が闊歩した時代と、その時の海外SFのニュー・ウェーブ(思弁小説)がまったくリンクしなかったのが原因だろうし(共通する要素はあったとしても)その世代が出版社の編集に入って主力になってしまったのが、さらに空白時代をつくってしまったことは否めないと思う。
結果、日本のSFは、世界の主流から大きく立ち後れたものになってしまった。
おかげで絶版のサンリオSF文庫は、かなりの価格がつけられているわけだ。
しかし、売らんぞ(笑)
見る影もなく下落した私の保有株より、遙かに高い値段だったりするんだから(泣)

ゆすりの犯人と被害者の間で恋愛が成立するか?というのは、まぁ普通はムリな注文である。
この小説では、なかなか良い雰囲気になるのだが、しかしやっぱりムリなんである。ムリなのは、犯人と被害者だからではなく、お互いが違うタイプの人間だからだ、という話になっている。
なんというか、それはそうだけれども、しかし、そもそも考え方が違うけれども、好きなもんは好き、というのが恋愛だろう。ただ、それだと、いくらお金があっても生活は成立しないよ、みたいな淋しい話である。
この話を突き詰めると、しょせんは釣り合いが大事、本人の恋愛は一時の熱で信用しすぎるな、みたいな「お見合いのススメ」ぽくなるような気がするな。

イギリスの人気作家は、やっぱり辛辣で、楽しい恋愛など描かない、ということなんでしょうなあ。