Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

無料で自転車道をつくる---路上駐車自由化の提言

最近、引っ越したこともあるが、自転車通勤を中断している。
そろそろ気候も良くなってきたので、復活したい気持ちは山々なのだが、問題は、都内の交通事情である。

最初に言っておくが、東京都内の自転車に対する交通事情は悪くない。それなりに路肩の広い道路が多いし、ドライバーのマナーもいい。
これが、埼玉になると、事情は一変する。国道でもガタガタで、路肩はないに等しい狭さだし、ドライバーの運転も荒い。あまりの厳しさに「だからダサ○タマって言われるんだよ!」とぶち切れたことも数知れず。
仮にも首都圏なのであり、巨大な人口を誇る県なんだから、埼玉は反省して欲しいぞ。

ところが。
その東京都内であるが、最近、非常に自転車で走りにくくなってしまった。ずばり、原因は「路上駐車の取り締まりが強化されたから」である。

そんなことを言えば、多くの人は意外に思うだろう。「路上駐車があるから、道路は狭く、自転車が走れなかったのじゃないか?!路駐が減ったら、走りやすくなったのでは?」
しかし、私の感じるところ、事実は逆である。

自転車は、法規上は車道の左端を走ることになっている。
しかし、そうすると、非常に自動車から邪魔者扱いを受けるのが事実である。
法的には、自動車も自転車も、乗っている人間の権利は平等であり、格別に自動車のドライバーの権利を優先する事情がないわけで、車道の端っこを走行する自転車をドライバーが多少じゃまに感じようとも、それはお互いなのだから我慢すべし、というのが道理になっている。
ところが、自動車のドライバーは、自分たちが自転車のじゃまになっているという事実は無視するのである。おかしな話だが、だいたい事実である。
で、自転車は、なんとか遠慮しながら車道を走るのである。
つまり、車道の左端の白線の外側、路肩を走ることを余儀なくされてしまうわけだ。ここは危険なエリアで、側溝はあるわ小石やガラスは落ちているわ段差はあるわ、、、である。
それでも、自動車のほうがさらに危険なので、やむを得ないのだ。そして、ホントにすれすれの隣をダンプが時速60キロで通過するので、風にあおられる。いかなベテランでも恐ろしいのである。

しばらく前は、都内は路駐天国であった。すると、どうなるか?
2車線道路の端が路上駐車の列で埋まる。中央側の1車線だけを自動車が走行する。すると、路駐の自動車の列と、中央より1車線の間に、ちょうど自転車道くらいの広さのエリアが出来る。この幅なら、自動車は走れない。まさにバーチャル自転車道の出現だったわけだ。

なのに、路駐がなくなり、2車線を平行して自動車が走り始めるとどうなるか?
自動車は、お互いの距離を気にして、2車線を走るのに、路肩の自転車には何も注意を払ってくれなくなったのだ。結果、自転車は、危険な路肩を走りつつ、歩道より車線を走行する自動車の恐怖にあおられることなった、と思うのである。

思うに、こんなに自動車があふれかえっている東京都内で、路駐を一掃する必要なんかあったんだろうか?
1車線しか走れないくらいで、ちょうどよかったのじゃないか?などと思うのだ。

だいたい、あのパーキングメーターなどというふざけた存在がいけない、と思う。あれがあって、どこを自転車は走るんですか?
警察OBの人が100円玉を集めて回る団体のために、本来駐車禁止の道路が金を払えば駐車OK。世界最悪の制度じゃないか、と思うのである。

いっそ、都内において、すべて路上駐車OKにしてしまえ。パーキングメーターは全廃、どこでも無料、当然である。税金でつくった道路だ、なんの問題があろう。
ただし、横列駐車は厳禁、即レッカーだ。これも当然である。
そして、2車線道路の歩道側を、すべて自転車道にしてしまうのだ。皆さんの持っている自動車で、路駐の列をつくれば、巨大な自転車道が忽然と都内に出現する。
費用はゼロ、いっさい道路建設費はかからない。
もちろん、自動車だって、前と同程度に道路は混むだろうが、駐車場所を探して悩むケースは減るだろう。駐車場を探す時間と手間が減るなら、そんなにドライバー達にとって悪い話だとは思わないのだが。
もちろん、コンビニに納品するトラックだって、堂々と作業できるのである。

道路は、分け合って使うものだ。
こんな知恵があったって、悪くないんじゃなかろうかね。