「光秀の定理」垣根涼介。
細川幽斉のもとに寄宿していた時代の明智光秀。
愚息と名乗る僧と、その弟子らしき新九郎と名乗る浪人を出会う。
新九郎は光秀に強盗を仕掛けたのだが、とっさに光秀は相手の腕が相当の上であることを悟り、刀を投げ出す。
すると、僧が新九郎に「お前の負けだ」という。
強盗で襲いかかった相手と会話するようでは斬れまい、勝負あったというのである。
新九郎もそれを認め、それが縁で二人は光秀宅の茶会に招かれる。
その話を聞いた細川幽斉は興がり、その茶会に顔を出す。
僧の愚息は細川の人物の度量と、貴族として生き抜いてきた強かさを見て取る。
時は流れて、光秀は織田軍団の中で出色の働きを示し、めきめきと出世していく。
丹波、丹後を領し、また近江にも城を持ち京の都も采配する。近畿管領とまで呼ばれた。
その光秀だが、土岐一族との関係もあって、迷った挙げ句に挙兵し、見事に織田信長を討ち取る。
しかしながら、山崎の戦いで後れを取り、三日天下に終わった。
その山崎の戦いを左右したのが細川幽斉である。
もともと光秀は幽斉に寄食していたし、幽斉の息子の忠興に娘のガラシャを嫁がせている。
親戚同士であり、しかも幽斉は光秀の与力であった。
誰がどう見ても細川は明智につくであろう、と思われていたのである。
その細川は、しかし、蟄居謹慎の構えをとる。
これを見た近畿勢は秀吉に見方し、大和の筒井も洞ヶ峠を決め込んだ。
細川は秀吉に恩を売って、危険を冒すことなく次世代で大きな地位を得ることになったわけである。
この有様を見ていたのが愚息と新九郎である。
長年の友であった光秀の仇を討たんとして、二人は細川の行列をつけ狙う。
そして、ついに幽斉を発見。
すると、二人に気づいた幽斉は静かに目礼を返してきた。
いつぞやの辻強盗と同じで、気合いを制せられた二人は幽斉の強かさに舌を巻きながら引き上げた。。。
もちろん、愚息も新九郎も物語のための狂言まわしであり、架空の人物である。
しかし、無名時代の明智光秀に、このような知己がいたのではないか、という気にさせる。
そのくらい、たくみな人物の描き方である。
思わず引き込まれて読んでしまった。
評価は☆☆。
垣根涼介が時代物を書くとは意外であるが、なかなか面白いじゃないか。
この小説の中で、光秀の定理と呼ばれている問題は次のようなもので、僧の愚息が披露している。
まず4つの椀を準備する。
相手が見ていない中で、愚息は4つの椀のうちのひとつに骰子を隠す。
そして、相手に「椀の中に骰子が入っているものを当てよ」というカケをする。相手が正しい椀を示せば掛金は相手のもの、外れたら愚息のものである。
相手がひとつの椀を示すと、愚息は椀を二つ空ける。
二つともに骰子は入っていない。(愚息は常にカラの椀を空けてみせる)
残りの伏せた椀は2つである。
愚息は相手に「さあ、残り椀は2つ。確率は半分じゃ。そなたの示した椀はこれだが、今からもうひとつの椀に変えてもよいぞ」という。
相手は変えない。
さて、勝負すると、果たして椀の中から骰子が転がり出たのは、相手の示した椀ではなく、もうひとつの椀だった。
このゲームを繰り返し、まったく細工もないのだが、愚息がだんだん勝ってゆく、という話である。
このゲームのからくりは、愚息が常にカラの椀を2つ明けてみせることにある。
4つの椀の内、2つのカラの椀を空ければ、残り2つの椀の内1つにアタリがあるから、その確率は1/2であるように見える。
これが間違いなのである。
最初に相手が椀を示したとき、その椀のアタリ確率は1/4である。
そして、愚息がカラの椀を2つ空けたときも、そのアタリ確率は1/4のままなのだ。
愚息が明けなかったもう一つの椀のアタリ確率は3/4である。
つまり、相手は愚息が「椀を変えても良い」といったときに、選択を変えるべきなのである。
このからくりを、織田信長が解いて見せる。
信長は椀を100個並べて用意させる。
信長が示した椀がひとつ。愚息が、98個の椀を端から空けてゆく。
途中で、なぜか椀を空けないものがある。
それと、信長の示した椀は空けないので、この2つの椀が残る。
「さあ、残りは2つじゃ。では、確率は半分かな?」
信長が最初に示した椀がアタリである確率は1/100しかない。
愚息が途中で空けずに飛ばした椀がアタリである確率は99/100である。
椀の数が多いから、こうするとカンタンに分かるのだが、少ないとばれにくい。
たとえば、三枚のドアがある。
一枚のドアの向こうには自動車があって、そのドアを当てれば自動車が貰える。
のこり2枚のドアの向こうにはヤギが入っていてハズレだ。
さて、あなたが一枚のドアを選ぶ。
すると、出題者は3枚のドアのうちの1枚を開ける。そこにはヤギが入っている。
「さあ、残りドアは2枚です!あなたの選択したドアは、そのままで良いですか?」
あなたはドアの選択を変えるべきなのである。
最初のドアがアタリである確率は1/3、変えたドアがアタリである確率は2/3なのである。
出題者は、正解を知っていて、必ずハズレのドアを開ける。出題者がランダムにドアを開ける場合(もちろん出題者が正解のドアを開けてしまう場合もある)は、この法則は当てはまらない。