Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ハブとマングース

昭和天皇A級戦犯合祀に不快感をもたれて、そのために参拝を中止なさったというメモが日経新聞で発表された。
日経新聞は「日本株式会社 社内報」と揶揄される通りであるから、だいたい内容は割り引くことにしているが、今回の報道は真実だろうという気がする。
だいたい「松岡だの白鳥だの」が、三国同盟にご不満だった昭和天皇の言葉としていかにもありそうだ。松岡は外相、白鳥はイタリア大使で、みな三国同盟の立役者連中だからなぁ。ナチスなんぞと組んだために、我が国は歴史に汚点を残したという思いは強いのだろうなぁ。
私などの参拝推進派にしてみれば(苦笑)大いに困惑するけれども、納得もする話である。分祀とか国立追悼施設などの議論も強まると思う。

正直に言えば、私だって松岡だの白鳥だのは嫌いである。しかし、である。仮にもA級戦犯合祀のために230万人の死者の慰霊をしないというならば、A級戦犯14名の魂を230万人の魂よりも重視する行為と言えるのである。A級一人分の価値は16万人以上という理屈になる。これがロゴスであるぞ。
私の宗教観では、命の価値は魂の価値であり、一人は一人である。A級だろうが二等兵だろうが尊さに変わりないという立場であるから、14名のために230万人の慰霊をせぬのは理屈が通らないと思うだけである。

付言すれば、昭和天皇の発言は、神道の祭祀長としては理解できる。なぜかと言うに、靖国神社は特殊な神社だからである。ヤマトタケルより始まって、坂上田村麻呂源頼朝豊臣秀頼徳川家康東郷平八郎に至るまで、神様に祀られているのは皆「将軍」だけである。一般兵士を祀るのは靖国神社だけであって、古来からの神社のフォームにのっとれば、靖国神社は特殊である。左翼はよく「靖国天皇の兵を祀ったから特殊」というが、時の政権が利用した神社は腐るほどあるので、そんなもん特殊ではない。特殊というなら「一般兵士を祀っているから特殊だ」と言え。それなら、他に例がないから明らかだ。まあ、言わないだろうな(笑)思想というのは、現実よりもアタマの中を優先するということなので、不自由なことであるのだなぁ。

で、分祀というのは、かなり難しいように思う。神社が行う「御霊分け」(みたまわけ)は、別社を立てるためであって、早い話が「支社をつくる」ようなもんだからだ。例えば、関東にはあちこちに氷川神社があるけど、それは本社が大宮の氷川神社で、その支社があちこちにある訳だ。支社には、本社の神様何某さんがお祀りされるわけじゃなくて、ただの出先機関だから、A級戦犯だけをほかにうつすのは、神道上かなり疑義があるのではなかろうか?
となると、靖国神社御神体である霊璽簿からA級戦犯の名前を消すことになる。だが、もしもそれで「たたり」が出たらどうするのか?実は、そういう場合は神社を建ててお祀りするのである(笑)。どうも、A級戦犯が祟りそうだと思うのだが(怨霊は神道上の伝統的概念である)どんなものか。

さて、国立国家追悼施設であるけど、マサカ、ここに「すべての英霊をお祀りする」を強制するわけではあるまい?それこそ、国家による国教になってしまうものなぁ。もしも「国立国家追悼施設は宗教ではない」と主張すると、それこそ戦前の国家神道と同じ理屈になってしまうのだよ。
で、当然の帰結として「国立国家追悼施設と靖国の両方に祀られる英霊」「国立国家追悼施設のみの英霊」「靖国だけにお祀りされる英霊」「両方拒否する(したい)」という4パターンになるわけだ。
これって、どうなんだろうか?なんだか、より問題を複雑化するだけのような気が。

奄美に毒蛇のハブが居て、このハブを退治するというので、マングースを移入した。そうしたら、マングースはハブなんかより鶏など他の動物を襲うようになってしまった。マングースは繁殖して、ハブは減らない。それで、今は、ハブとマングースの両方に悩んでいる。

ハブを退治しなくても、多少の不便はあっても、マングースは移入するべきではなかった。問題を解決したいと思うばかりが能ではない。解決しないという方法だってあるのだ。問題解決と思ったものがマングースでない保証はないのだ。