Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

頭を冷やすための靖国論

「頭を冷やすための靖国論」三土修平

本書は、この問題について左右両派が結局自分たちに都合のよい議論(簡単にいえば決めつけ)しかしていない「かみ合わない」議論を、なるべく公平中立に論じようではないか、という試みで書かれたものである。現在の状況をみると、なかなか「壮大な」試みだと思うのだけど(苦笑)その試みがある程成功していることを認める。つまり、これはなかなか良書だと思うのである。

著書は、まず靖国議論を「国内問題である」と定義した上で、下記のような「ねじれ」を指摘する。
靖国参拝否定派の根拠は、憲法上の「政教分離」にある。しかし、実のところ靖国をそもそも「宗教」と認めていないのが本音。
・しかしながら、「靖国は宗教ではない」と主張すると、実は国家神道の主張とイコールになってしまう(大日本憲法下で国家神道は宗教ではないとされた)ので、それは言えない。
靖国参拝推進派は「宗教」だといいながら、実は「国民皆が参拝すべき」と思っている人も多数存在する。ただし、「宗教である」ことに、現実はメリットがあるので、それは黙っている。
・根本的に、参拝否定派は「せっかく史観」つまり敗戦を契機に「せっかく軍国主義をやめて民主主義になったのに」靖国参拝は「いつかきた道」だというのが骨子。しかし、政教分離を基本にした立論であるため「やたら潔癖な一部人の主張」という範疇から抜け出せていない。外国との比較論で指摘される部分でもある。
・一方、推進派は、そもそも政教分離を含めて「日本を再軍備させないための連合国の陰謀」だとする「陰謀史観」であるため、参拝否定派にも「陰謀の片棒を担ぐ国賊」批判となるが、これも多数の支持を得ているとはいえない。多くの国民の素朴な「自然な追悼の思い」からはかけ離れた議論である。

そして、もともと神道を「天皇家の私的な祭事」と位置づけ、明治以来の官弊社(明治神宮東郷神社乃木神社など)を含めて「天皇家に帰す」ことを提案している。靖国に関しては、GHQの失敗すなわち「宗教でないものを宗教施設にした」のが根本原因だと指摘。その意味では「新国立追悼施設」の意義を認める議論であるとも言える。

高橋哲哉氏の「すべての戦没者を追悼する行為の否定論」に関しては、宮崎哲弥氏の反論「じゃあ、中国や韓国にも同じことを言えるのか?」に対して、高橋氏が有効な反論をなし得ないこと、その主張がつまるところ非武装中立論であることから「百年河清を待つに等しい」と批判する。

全体に、難しいこの問題について「中立的立場」から論じるために、なみなみならぬ努力を傾注してあり、指摘は「なるほど」と思わせるところが多い。☆。繰り返すが、この種の議論の本では、良書であると思う。

ただし、私の考えは、少し異なるところがある。議論はしたくないので、自分の頭の整理の範囲で。

まず、靖国問題は、公平にみて半分は「中国韓国に言われたから」生起した問題だろうということである。つまり、彼らがクレームをつけるまで、さほど問題となってなかったという点である。純粋な国内問題として論じることにはムリがあるのではないか。

もう少し踏み込むと、現在の靖国を「天皇家の私的祭祀施設」に返すというのは不可能だと思うのだ。今の靖国は、著者が指摘するように「東京裁判史観には屈しない」と主張しつづけるシーラカンスのごとき存在だろう。
富田メモ」が事実であれば(その可能性は高いと思う)今の靖国は、天皇陛下の御心に必ずしも沿っているとは思われない。つまり「逆賊」である。(!)
昭和帝または今上天皇陛下が、「靖国」の主張と同じだとは、正直思えないのである。A級戦犯合祀にあたって、靖国は陛下の「ご内意」を伺っていないのは、たぶん本当であり、その考えを敷衍すれば「陛下のご親拝ができなくなっても」という考えがあったということになる。

この問題は、「A級14名のために、240万柱の英霊に参拝しないのが正しいのか」という疑問に直結するのである。「偉い人は、死んでも特別扱いで、普通の人が240万人亡くなっても14名の偉い人を基準に政治は判断されなくてはいけない」という指摘が「政治的」でなく「宗教的」にどうなのか?という問題にぶち当たらなければ、靖国問題の本質には迫れないのじゃないのだろうか。

この「靖国」の考えの萌芽は、占守島守備隊の英霊を合祀するか否か?という問題で既に発生していたように思われる。つまり、1945年8月15日には、すでに陛下の「終戦詔勅」が発せられたわけであるが、ソ連が北海道占島島に侵攻開始したので、これを撃退するのに大激戦をやった。この時の兵は、既に発せられた陛下の「終戦詔勅」に背いて戦ったわけなので、つまり「逆賊」になってしまう。だから合祀はできない、という話があった。しかし、靖国は迷いつつ、結局「合祀」とする。もちろん陛下の「ご内意」は伺ったのだろうと想像される(真実はわからない)が、すでにして靖国は陛下の意のままとはいえぬ傾向を持ち始めていたわけである。

この「靖国」のもつ本質は何か?私は思うのだが、靖国は「追悼」施設ではない。「追悼」とは、亡くなった人を偲ぶ現生の人間の行為である。もっとわかりやすくいえば「帰らぬ繰り言」の場である。いかにしても、亡くなった人がよみがえる道理は科学的にないのである。
ところが、今の靖国は「英霊」を祀る場所である。死後の存在を前提にするか否かが、「追悼」と「慰霊」を分ける分水嶺で、「追悼」は儀式であり「慰霊」は宗教じゃないだろうか。皮肉なことに、今の靖国のほうが「ホンモノの宗教」になったと思うのである。宗教であればこそ、ついに現生の「政治」にまつろわぬことになる。シーラカンスというのは、つまりそういうこと(宗教になってしまった、という)なのではないだろうか。

靖国は、今にいたるも牙を捨てていない。これが本質である。ただ、眠れる猛獣である。このまま、しずかに眠らせておくのが一番大事なことだろうと思うのである。外国もマスコミも、何も言わないで放置しておいたら、しずかに靖国は眠り続けるだろうに、と思うのである。そうすれば、100年後あるいは200年後、九段に訪れる人は、絶えて久しくなっているかもしれない。そういう未来があってもよい。
私は、この問題で騒ぐのが、一番心が痛む話である。

ついでに一言。新国立追悼施設に関しては、養老孟司氏の言葉を紹介しておこう。「新追悼施設をつくって、そこにみんなが出かけるようになり、それが200年続いたら、それはやっぱり宗教だろう。同じことではないか。」
今のままで良いのである。