Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

『こころ』は本当に名作か

「『こころ』は本当に名作か」小谷野敦

あの「もてない男」で一世を風靡した小谷野氏による懇切丁寧な名作案内。
(もっとも、ご本人は20歳も?年下の美人を娶ってしまったらしい。大逆転というわけだが、当然、嫉妬の対象となるわけで、甚だおもしろくないぞ)

文学作品の善し悪しというのは、読んだ人間によって大いに変わるだろうことは誰でも容易に想像がつくわけであるが、いわばそういう前提を自明のものとして、小谷野氏が古今東西の名作をばさばさとさばく。
「懇切丁寧な」と敢えて書いたのは、実はこれら古典名作はさほど売れていないわけで、つまりは一般の読書子であっても本書に取り上げられた名作を「おおかた読んだ」と言える御仁はそうそう多くあるまいと思うのであるが、さりげなく「読んでいない人にも分かるように」という配慮が行き渡っていることだ。
読書案内なんだから当然だとはいえない。読書案内と、ただの読後感想文は違うわけで、本書は立派な読書案内である。
これだけの内容を網羅して、新書720円なので、たいへん良心的である。

本書では、古典名作を「最高峰の名作」「トップクラスの名作」「二位級の名作」「私には疑わしい名作」に分類している。
最高峰の名作は「源氏物語」「シェイクスピアの作品」「ホメロスの作品」「ギリシャ悲劇」である。
ここで、私は愕然とする。このうちの、どれも通読していないからである(泣)しかし「最高峰」だぞ。読んでみても損はないのじゃなかろうか?と思うわけだ。

実は、私は長編小説が苦手である。頭が悪いので、長い小説をえんえんと読んでいると、すっかり前を忘れてしまい、なんの話をやっているのか分からなくなってしまうのだ。馬鹿を実感する時である(泣)
特に、世間で評価の高いドストエフスキーがだめで「罪と罰」「悪霊」「白痴」いずれも途中で挫折した。
小谷野氏は「キリスト教徒じゃない人間に、ドストエフスキーがわかるのだろうか」と指摘している。自分の馬鹿はじゅうぶんに承知しているのだが、そう言われるとちょっと和む。ありがたや、ありがたや。

書名になった漱石については「母に愛されなかった」子供時代の経験がないと、共感不能ではないか、とある。これは目から鱗の指摘であって、たしかに言われてみれば漱石の作品に母のかげは薄い。なるほど、そういう見方もあるのか、と思った。
私は、どういうわけか漱石が好きで「猫」「坊っちゃん」は言うに及ばず、「こころ」「それから」「明暗」も好きである。(母に愛されなかったという覚えはないけど)
ただし、小説としてみると「なんじゃ、こりゃ」という箇所は確かにある。どうも、漱石が好き、というのは「小説の完成度」を評価するんじゃなくて、なにか別のものを見て共感する部分があるんだと思う。うまく言えないが、近代化「しちゃった」孤独みたいなものが、そこはかとなく漂うあたりじゃないか、と思うのだけど。まあ、素人の感想なので、それ以上は表現できない。かんべん。

鴎外はどこがおもしろいのか、さっぱり分からなかったが「渋江抽斎」が最高傑作だというある人の評論を読んで恐れ入ったことがある。渋さの極地である(苦笑)
そのほか、志賀直哉上田秋成永井荷風芥川龍之介三島由紀夫までばっさり。おそるべし。

読書ガイドは、それ自体が書評集みたいなものであるから、書評を書評するのもヘンテコな話なので、そういうことは控えたい。
しかしながら、あえていえば冒頭述べたとおり、賛否はあるかもしれないけど、本書自体が充分に魅力的な読書ガイドで、かつ、800円でおつりがくるわけで、買って損はしないと思うなあ。

私の結論は、本書を読んで、もうちょっと古典名作を読んでみようか、と思ったことである。
まず読まなければ話は始まらないわけで、読書意欲をかき立ててくれる本であることは間違いないですぞ。うん。