Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

そりゃ当然でしょ

少なくとも、前回の選挙は「郵政民営化」という政策が象徴した。たびたび「改革」という言葉が使われたが、正確には「行政改革」であったことは間違いない。
市場原理主義」と指摘されるように、小泉政権は明確に「小さい政府」を指向していたことは確かである。郵政民営化そのものは「小さい政府」の方針のもとで見れば、優先順位は別としてもやるべき政策であったといえる。
大きな政府が利益だと考える人は、これに当然反対であるから争点となった。誰もどうでも良いテーマであれば争点になることはできない。

私の記憶によれば、マスコミは、小泉選挙の前には「地縁血縁ではない、政策によって支持をする、政策選挙をやるべきだ」と主張していたはずである。
郵政選挙」は、彼らの主張通り、政策選挙以外のなにものでもなかった。

そうしたら、こんどは「政策を一点に絞って、なんでも解決するかのように幻想を与えるのはいけない」という小泉批判がでてきた。
であるから、今度はどんなに沢山の「政策」が語られるのだろうと(意地悪く)期待していたら、マニフェストなる政策の束が出てきた。
私は安全保障や外交に関しては自民党の政策が正しいと思うし、民主党子ども手当も悪くないと考える。福祉や医療に関しては、両党ともに財源という最大の問題の解決策がないのでダメだと思うのだが、しかしマニフェストに○×をつけて、総合点で投票すべきかどうか、これはなかなか難しいではないか。
分かりやすく言えば「政策選挙は、一点の政策で選んではいけない」と言ったところで、どの党も子どもは大事に、年寄りも大事に、医療も年金もしっかり、外交も日本を守りますで、正直に言えば大同小異の感を免れない。考えてみれば「財源がないから消費税を値上げします」「子どもをつくった人は良い国民で、つくらない国民は非国民です」「外交はアメリカに怒られない程度に威張ってみたいと思いますが、ほんとにまずくなったときはごめんね」「公務員の削減はかんたんには出来ません」「道路は安くするけど、CO2の問題があるので、安くなった道路を皆さんなるべく使っちゃいけません」などと真実を並べて当選できるはずもないのである(笑)

困っていたら。なんと、臆面もなく「今度の選挙の争点は、政権選択です」だとさ。
私は我が目を疑った。
私の知る限り、衆院選挙のテーマは常に政権選択である。どこに、政権選択がテーマでない選挙があるもんか。対抗馬のいない地方市長の信任投票じゃあるまいし。
国政の衆院選である限り、そりゃ確かに「政権選択」がテーマだよ。ああ、あほらしい、ばからしい。
あの鳩は鳥です。あそこの麻は植物です。そんなものが争点になるもんか。当たり前だから。
今度の選挙の争点は政権選択です。そんなものが争点になるもんか。当たり前だから。

だいたい、政権選択が争点だったら「政策選挙」はどうなるのだ?ええ、おい?

都合が悪くなると、すぐにころころと言うことを変える。
どこかの国の首相を「ぶれる」と悪し様に言うマスコミさんに、その資格があるとは、どうしても思えないのだがなあ。