Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

遥か南へ


マキャモンだから、面白いに決まっているんだが、この本だけはなぜか積読
ちょうど引っ越し前に買って、どさくさまぎれにそのままになっていたもの。
この夏に、少々書庫を整理して、ようやく発見。
夏季休暇のヒマつぶしに読んだ。

主人公のダンは、ベトナムの帰還兵で、かつて枯葉剤を浴びた影響で白血病。妻子とは離婚している。
単に帰還兵の病院で死を待つよりはと、大工の仕事をつづけたダンだが、おりからの不況で、大事なピックアップトラックのローンも払えない有様となる。
返済猶予の交渉に行った銀行で、融資担当者のかたくなな姿勢に怒ったダンは大暴れ。
驚いた融資担当が警備員を呼ぶと同時にピストルを出し、これともみ合ううちに誤って発砲。
融資担当を誤射し射殺してしまう。かくて、殺人犯になったダンは、逃亡を開始する。

分かれた元妻に会いにいくと、賞金稼ぎの追手がかかる。
この二人組が、一人は手が三本あるフリークのフリント。彼は兄弟とシャム双生児で生まれ、腕がわき腹から突き出ているのだ。
もう一人は、エルヴィス・プレスリーのそっくりさん、アイスリー。
元妻のところに行き、あやうく2人組に捕まりかけたダンだが、妻の手引きで逃げ出し、彼女の言う隠れ家がある南へ逃げ出す。
2人組もそのあとを追う。

逃亡中のダンは、アーデンという少女と同道することになる。
彼女は美少女なのだが、顔の反面に大きな痣がある。その痣のために、自分の人生はうまくいかないとアーデンは思っている。
しかし、普通の医療で痣を除去するのは難しい。
彼女は、子ども時代にきかされていたブライトガールに会いに行くことにした。
ブライトガールは、いつまでも年をとらず、あらゆる病気を癒す能力があるのだという。

こうして、メキシコ国境まで逃れるダンとアーデン、追うフリントとアイスリーのチェイスがつづく。
やがて、この世の果てのような密林の中の石油掘削地で、ついにダンたちはブライトガールの情報をつかむ。
伝説のブライトガールの正体が、巻末で明かされる。。。


いやあ、期待にたがわず面白かった。
さすがマキャモンだ、というしかない。今まで読んでなくて、損をした。
☆☆である。

特に面白いのは、賞金稼ぎの二人組、フリントとアイスリー。
特にエルヴィスのそっくりさん、アイスリーの面白さは無類である。
「ママ」と名付けた小さな犬をいつも抱いており、とにかく、しゃべらないではいられないのだ。
うんざりしたフリントが「黙ってろ」というと、「はいはい、黙っていますよ、ええ」としゃべるわけだ。
呆れるを通り越し、怒り出すフリントが最高におかしい。

ベトナム戦争は、アメリカ人に大きな影響を与えた。
初めてアメリカが勝てなかった戦争であり、そのために、いろいろな矛盾が噴き出してきたのである。
戦争は、勝てば正義が証明されたと皆は思い、すべての犠牲は正当化されるし、栄光をたたえられる。
ところが、勝てなかった戦争は、その被害や正義に対する疑い、犠牲に対する悼みと疑問がでてくることになる。
世間一般では、そういうのを「オトナになる」という。
アメリカは、かつては若者だったのである。
そのアメリカが、とうとう「オトナ」になってしまった、つまり苦い矛盾を自覚したのがベトナム戦争であると思う。

日本の場合は、大東亜戦争がそれであろう。
しかしながら、日本はアメリカのベトナム戦争ほどには、ある意味で苦しまずに済んだ。
東京裁判があったから、これを肯定するにせよ、あるいは拒否するにせよ、そういう意味では思考の軸は一つなのである。
つまり「東京裁判」是か非か、あるいはその両面か、はたまたこれを否定して「自分たち自身による総括」をするにせよ、出発点においては迷わなくて済む。
しかし、ベトナム戦争は違う。
そもそも、ベトナム戦争を考える出発点自体を、自分で設定するしかない。

よく考えてみれば、実際の大人の世界は、あることに「賛成か」「反対か」などというシンプルなイエスノー質問で判断がつくことなど、ほとんどないのである。
実際の世の中の問題は、問題点自体を自分で見つけねばならず、その手がかりも自分も感覚(借り物でなくて)でしかない。
その上で、すっきりした回答なんか、まずないから、いつまでも考えなければならない。
それが「生きる」ことと、いつか等価になっていく。そんなものである。

マキャモンは、そういう苦い現実を、あり得ないようなファンタジー的な舞台の上でしっかりと描いた。
浮世離れしたストーリーが売り物では、決してないのである。