Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

キラー・オン・ザ・ロード


この前読んだケルアック「路上」つながりで、もうひとつの「路上」を読もうと思った。
それが本書である。

主人公はマーティン・プランケット。
子どものころから、高い知能指数と、自閉的性格を持っていた。
彼の母親は、マーティンをネグレクト(育児放棄)したも同然だった。父親はいなかった。
そして、母親は、彼がもうすぐ18歳になるときに、事故で死ぬ。
その母親の血をマーティンが飲む描写はおそろしい。

やがて、彼は児童保護をする篤志家の警官の世話になりながら、覗きと窃盗の犯罪に走る。
どういうわけか、彼には、その行為が快感だったのである。
やがて逮捕、服役。
父親代わりの警官に縁を切られた彼は、流行のコミックの主人公「シフター」の声に従いながら、放浪生活を開始する。
最初は斧で、そして手製のサイレンサーで、次々と男女を問わず、ヒッチハイカーたちを殺しては金品を奪うのである。
やがて、彼は、同じくシリアル・キラーのロスと出会う。
ロスは、自分が犯した殺人の犯人をでっち上げる必要に迫られており、そのでっちあげ対象者が、マーティンに殺されたのだった。
ロスは、マーティンを「好きだから」という理由で逃がす。

さらに殺人の旅を続けるマーティンだが、そこに、ロスが合流してくる。
その直後、ロスが逮捕される。彼は、裏切りにあったのである。
初めて、家族に似た喪失を味わったマーティンは、裏切り者を始末し、自分の逮捕を待つ。
そして、逮捕後に、自分の犯罪を告白した書物が本書、、、という構成になっている。


いやー、すごい。一気読みである。
さすがにエルロイ、ものが違う。

エルロイ自身が、同じく子供の時に、母親が殺人事件で惨殺され、犯人が不明という生い立ちを持っている。
子どものころから、もっとも人間の暗黒面を見てきたエルロイの描写力はとびぬけている。
その文章は、熱がなく、つくったような冷静さもない。
グロテスクな人間の欲望を、ひたすら容赦なく描き出す。
エルロイは、そんな醜い人間を憎んでいない。ただ、そのようにある、と認識している。

本人いわく、シリアルキラーだの、私立探偵だの、そんな題材はもうあくびが出ると。
確かにそうである。
今や、手垢にまみれている。
しかしながら、その中でも、本書はまったく別格ではないのか、と思う。

評価は☆☆。
おそるべし、エルロイ。

本書のあとに、エルロイは「ブラックダリア」で圧倒的な評判を獲得し、そのブラックダリアを含む「LA4部作」で不動の地位を築いた。
しかし、LA4部作の才能は、もう本書の中で充分に横溢している。

さて、日本でも連続殺人事件は起きている。
しかし、たとえば帝銀事件は銀行強盗が目的、大久保清が婦女暴行、オウム真理教がカルト宗教的な混乱をねらったもののだった。
闇雲に「悪」だから殺す、というようなケースは、あまり目にしない。
しいて言うなら、やっぱり尼崎連続殺人であろう。
犯人の存在そのものに邪悪性を感じるケースは、そう多くない。善悪を超越し、存在が悪しかできないようなあり方だ。
本書は、そういう普通人の想像外の世界を教えてくれる。
恐ろしい小説である。