Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

アルジャーノンに花束を

ダニエル・キイスが亡くなった。「アルジャーノンに花束を」で有名な作家である。
86歳であったそうだ。

私が「アルジャーノン」を読んだのは大学時代だから、今を去ること30年前の話になる。
尊敬する大学の先輩が「死ぬ前に読んでおくべき小説トップ10」をあげていた。
だいたい、タイトルは知っている作品だったのだが、私は「アルジャーノン」だけは知らなかった。
猛烈に興味がわいて、神田に出向き(当時は、amazonはないわけで)単行本で購入した。

本書を読みはじめた週末は、ただただ、むさぼるように没入した。
読んだ、というよりも「読まされた」のである。

ラットを天才にする実験は成功し、その薬が、ついに臨床実験に使われる。
知的障害があった青年は、めきめきと知能を高めていき、ついには高度な発明に関与し、深い哲学的な思索をするに至る。
しかし、薬の副作用も明らかになる。この薬は、長く効果を維持することはできず、徐々にもとに戻って行ってしまうのだ。
青年の子供のような手記の文体が、徐々に高い知性を感じさせるものになっていき、それが徐々に衰え、また子どものように戻ってしまう。
彼が最後に手記に書き付けた言葉は、薬の実験台になったアルジャーノンに花束を上げてくれ、というものだった。

本書を読んで、素晴らしい作品だと思い、他の作品を読みたいと思っても、当時のダニエル・キイスはこれ1冊しか書いていなかった。
意地の悪い雑誌では「究極の一発屋(作家編)」で筆頭にあげられる存在だった。
そんな彼だが、その後、突如として沈黙を破り「5番目のサリー」「24人のビリー・ミリガン」を発表する。
どちらの作品も多重人格を扱ったものだが、「アルジャーノン」で見られた「壊れていく自己を認識できない悲しさ」を描いた点で、共通している。

この年齢になって、ようやくわかってきたことがある。
それは、人は容易に壊れる、ということである。
プレッシャーでうつ病になってしまうし、不眠やアレルギーなどの病気に悩む。
経済的にも、いかに調子がよく見えても、陥穽はあちこちにある。落ちればオシマイなのである。
日常と非日常は紙一重であり、犯罪に堕ちるケースだってあるだろう。

なんでこなるのか、と悩んでも、仕方がないことだというほかはない。
自分は、そんな人間であると思うほかはない。
自分が思っているほど、自己は盤石のものではない。だからこそ、人は皆、自分が可愛いのである。

そういうことを教えてくれる作品である。

偉大な作家であった。
心からお悔やみ申し上げる次第である。