Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

永遠の0

「永遠の0」百田尚樹

なにしろ300万部売れたという化け物のような小説だそうで、映画化もされたらしい。
もちろん、映画は見ていない。流行りものは苦手というへそ曲がりであるし、もともと動画が得意でないからだ。
このたび、ふと思いついて古本で購入。

この小説が「爆売れ」した一方で「戦争賛美」「ネトウヨラノベ(ひでえな)」という批判があることも承知している。
どんなに「戦争バンザイ」をやってくれるかと思い、ドキドキしながら読んでみた(笑)。

ストーリーは単純である。
平成の世にいきる姉弟が、祖母が再婚していたことを知り、その初婚の相手が特攻でなくなっていたことを知った。
姉の職業はフリージャーナリストなので、自分たちのドキュメンタリー素材にするつもり半分で、祖父の生時を知っている人たちを訪ねまわり、その足跡を知ろうとする。
すると、意外なことに、祖父宮部久蔵は「家族のために、絶対に生きて帰る」と公言し、卑怯な振る舞いと後ろ指をさされることを厭わない人物であったことがわかる。
そんな宮部が、どうして終戦間際に、自ら特攻に向かうことになったのか?
その謎が徐々に証言者の証言によって明らかにされていく。
そして、姉弟は、最後に祖母の再婚の真相を知る、という話である。

うーむ、まあ、これは一種のミステリーだなあ。
「なぜ、犯人は犯罪を行ったか?」をホワイダニットという。
ミステリーは「誰が犯人か?」がメインになるが、これをフーダニットという。whoである。
それに対して、犯人はわかっているが、その動機の謎を解明するのがホワイダニット。whyがテーマというわけだ。

この作者は、かなりの戦記マニアと見えて、そこここにそれらのドキュメンタリーのセリフが流用されている。
ミッドウェイにおける「運命の5分間」の嘘を暴くあたりはさすがだが、レイテ沖海戦での栗田艦隊の反転を批判するのは筋が違う後悔である。戦後の検証によって、仮にレイテ沖に栗田が突撃したとしても、すでに輸送船は揚陸後のカラ船だったことが知られているからだ。
潜水艦と空襲を避けるために、ジグザグ運航と一時転舵を繰り返した栗田艦隊はノーチャンスだった。

まあ、それはともかくとして。

軍部の作戦批判は相当激しいし、特攻に対しても「十死零生は作戦ではない」と明確に書いていて、特に戦争賛美とは思わないがなあ。
最後に部下を道連れに特攻した宇垣参謀長についても「一人で死ね」と厳しいし、特に的外れではないのじゃないかね。
で、「いや、戦争の他国民の被害者、ついては加害者側の視点が欠けている!」なんていう話が出てくるんだろうが、この小説は基本的にミステリーであるからねえ。
つまりは、「反戦文学」とか「歴史の反省」をテーマにした本ではないのである。
ラノベ、という批判は、ラノベなる小説を私はほぼ読んだことがないのでわからないけど、一種の大衆娯楽小説である。
たとえば、剣豪小説を捕まえて「封建制に対する批判的な視点がまったく欠けている」と批判するのと同じ。理屈と膏薬はなんにでもつく、という。やれやれだ。

評価は☆。
ベストセラーだし、解かりやすいストーリーと浪花節で、こりゃ受けたのも理解できる。
著者の百田氏は本作がデビュー作だそうだが、どうも蘊蓄本の香りがするから、次作以降が心配である。
蘊蓄がないところで作品を書かなければいけなくなったら、苦しいかもしれない。
本作には、複雑な人間関係や、重層的なストーリー進行といった小説家の筆力がもろに問われる要素はないから。

書評のついでに、本書の批判サイトを見ていると、明らかに「読んでないのに」批判しているサイトが散見された。
先の宇垣のエピソードなど、明確に本書に書いていることを「書いていない」と言っているんだから、びっくりである。
すごいのは、本書を読まず、漫画化したものを読んだ、といって本書を批判するものすらあった。表現は自由だが、あまり本人の人格が疑われるようなお行儀はやめたがよいと思うがなあ。
ネトウヨがファンタジーなら、サヨクは読まない作品を批評できるエスパーか、ということになるだろう。
ちなみに、漫画しか読まなかった言い訳は「リーダビリティーが悪いから」だそうである。この本でリーダビリティーが悪かったら、ドストエフスキーはいうに及ばず、P・K・ディックすら読めないぞ。
国内物だって、たとえば「虚無への供物」なんか、とっても読めないことになる。
そもそも、批判を書くレベルの読解力を疑うべきだろうな。

そういうわけで、私は、本書の正しい楽しみかたを発見したわけである。
まず、本書を読む。平易なストーリーなので、するすると読める。
で、そのあと、批判サイトを探して読む。そうすると、あまりに「読んでいない」ことがわかって、腹の皮がよじれる(笑)。
それをネタに酒を飲むわけである。
いやあ、ずいぶんとサカナになることよ。うへへ、である(笑)