Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

タックスヘイブン


小説は三人称で語られるが、古波蔵と牧島という高校時代の同級生の男二人がメインである。
さらに二人と仲の良かった紫帆という女性が加わって、この3名が織りなす人生の交錯が描かれる。

古波蔵は、高校時代から「人生は退屈だからカネが必要」と試験勉強そっちのけで株式投資をやっていたシニカルな男である。
外資系銀行で金融商品を売り、それが当局の姿勢で中止になると、それまでの富裕層の客を引き連れて個人のプライベートバンカーになった。
表に出しにくいカネを、海外に安全に持ち出して運用するのが主業である。
この古波蔵が、風俗チェーン経営のオヤジの5億円を漁船で韓国に運び込み、そこからリヒテンシュタインの口座に送金して巨額の謝礼を得るところから物語ははじまる。

一方、平凡な高校生だった牧島は、工場勤務からいったんは普通のサラリーマン人生を歩もうとするものの、競争をドロップアウト
英語力を生かして技術翻訳の仕事をフリーで行っている。
年収300万円程度を確保するのが精一杯だが、少しは自由になる時間がある。

その牧島に、何年ぶりかで紫帆が電話をかけてくる。
結婚していた夫の北川が、シンガポールでホテルの高層階から落下し、死亡したとの連絡があった。
遺書はない。警察は、殺人と自殺の両面から捜査をしているという。
紫帆は、シンガポールに遺体を引き取りにいかねばならないが、そこで牧島に同行して欲しいという。
牧島はこれを請け負うが、そこで外資銀行の人間が出てきて、北川には10億円の負債があるという。
しかし、書類にサインすれば、負債は免除し、北川がシンガポールで購入していたマンション時価2億円相当の抵当もはずす、という。
おかしな話だと考えた牧島は古波蔵に電話し相談して、彼のアドバイス通りにいったんサインを拒否するように紫帆に言う。
紫帆は、すべて牧島のアドバイスどおりに行動する。

北川は、シンガポールで現地妻を持ち、子供まで設けていた。紫帆はまったくそれを知らなかった。
彼女は、夫の仕事の内容すら知らない。
現地妻も、北川と組んでいたもう一人の日本人バンカーも行方不明である。
そして外資系銀行がもみ消そうとした10億円は、いったいどういうことなのか?
古波蔵は「退屈しのぎに」この謎に食いつき、次々と成果をあげていく。

そして、明かされた意外な過去とは。。。


あまりの面白さに一気読みである。
橘玲は、豊富な金融と税制の知識をもとに「マネーロンダリング」や「永遠の旅行者」などの小説を書いていたが、ついに傑作をものした。
文句なしの☆☆☆である。

どちらかといえば、著者の過去の作品は、金融知識のノウハウ本といった側面も強かった。
かのライブドアの経営陣が「マネーロンダリング」を愛読していたのは有名な話である。
それだけに、小説としての造型については疑問が残ることもあった。
それが、本書では見事に解消され、実に「面白い小説」として完成している。
おそらく著者の主張の到達点といえる古波蔵という男と対比して、誠実だが「凡人」な牧島を配したことで、単に「風変わりな人物のお話」という従来のスタイルを脱皮した。
日本のミステリのひとつの大きな収穫といってもよい、素晴らしい作品である。

ところで、私は橘玲は作家よりも、ノウハウ本のライターという印象のほうが強い。
私が今までに一番影響を受けたのは「黄金の羽の拾い方」である。
人生で途方に暮れる事態に陥った私は、黄金の羽を拾う生き方に、知らず知らずのうちになっていた。
おかげで、なんとか生きている。
牧島ではないが、競争もドロップアウトした。もう、そういう年齢だから、それでいいのである。

どうして人生でお金が必要か?というと、すばり言えば「自由」になるためである。

よく言われる笑い話がある。
湖のほとりで、毎日、魚を釣って、あとは寝て暮らしいる男がいる。
そこにコンサルタントがやってくる。
資本を集めて、この湖で大規模な漁業をやりましょう、という。そうすれば、もっと生産性をあげて、大きなビジネスになります。
そうしたらどうなるかね?男は問う。
株式を公開し、あなたは大金持ちになりますよ、とコンサルタントは言う。
そうしたらどうなるかね?男は問う。
そうですね、そうしたら湖の湖畔に別荘を建てて、毎日、のんびりと寝て過ごすことができますよとコンサルタントは言う。
男は答える。
なあんだ、そんなことか。それなら、もうやっているよ。

自由があれば、それ以上のお金は不要なんですなあ。