Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

黒き荒野の果て

「黒き荒野の果て」S・A・コスビー。

 

アメリカ南部のいわゆるサザン・ノワールと言われるジャンルの新星として、つとに評価が高い作家である。初めて読んでみた。テキサスあたりのメキシコに近いあたりの、いまだに南軍のキャップを被ってピストルぶら下げた貧乏白人がウロウロしているあたりのお話だ。おおむね、トランプを支持している。

 

主人公のボーレガードは黒人で、父親の遺品のクルマ(外見は普通だが、ものすごい改造車で、猛烈なスピードが出る)を大事にしている自動車修理工場のオーナー経営者である。父は犯罪者だった。殺されそうな危機に陥っている父を助けるため、まだ子どもだったボーレガードはこのクルマで父を殺そうとする男たちを轢き殺して少年院に5年はいった。父は息子に命を救ってもらったあと、失踪して行方不明である。ボーレガードは出所後、悪事で稼いでいたが、キアと結婚したのを機にカタギに戻った。

しかし、商売敵の出現で自動車修理工場の経営は危機に陥っている。キアは、自らのアルバイトの仕事を増やすとともに、ボーレガードに遺品のクルマを売ってくれるように頼むが、ボーレガードはどうしてもクルマを売ることができず、久しぶりに声をかけてきた元の悪事仲間のロニーの話に乗る。これが最後だと自分にいいきかせながら。

ロニーの話は宝石店の金庫にあるダイヤを盗むことで、ロニーの女がその店の店員をしており、金庫を開けられるという。ロニーが連れてきたクズのヤク中といっしょに宝石店を襲って成功するものの、クズのヤク中は一発キメていたため、目くらましに店内の宝石を漁ることができず、もとから金庫狙いだったことがバレてしまう。宝石店のダイヤは、実はメキシコの人身売買の代金の支払いであり、ボスが怒り狂ってカネを取り返しつつ、3人を襲ってくる。クズのヤク中は、ピストルの的になる以外に役に立たないので、その通りになる。

残ったボーレガードとロニーは、家族を人質に取られて、ボスの指示通りにある組織のクルマを襲うことを命じられる。そのクルマには、裏社会の取引のプラチナの延べ棒が積まれている。それを強奪すれば家族は助かるという。

ロニーは弟のレジー、ボーレガードはいとこのケルヴィンを仲間に入れて、うまくプラチナを盗み出すが、ロニーは盗み出したプラチナをそのまま頂くことにして、ケルヴィンを射殺する。ボーレガードも谷底に転落して死んだと思われていたが、実は奇跡的に助かっていた。

ボーレガードとロニーが裏切ったと思ったボスは、ボーレガードの家族を襲う。二人の息子のうち、下の息子が撃たれ、上の息子が父親の拳銃を持ち出して家族を守るために相手の男二人を撃ち殺す。

ロニーはレジーを連れて逃げ出していたが、そこにボーレガードが復讐に向かう。ボーレガードは泣いて命乞いするレジーを壮烈な拷問にかけて、兄の居場所を白状させた。ついに、ロニーを追い詰める。。。

 

主人公のボーレガードは、経歴はクズだが、実は頭脳明晰で、クルマのドライビングテクニックも一流で、クルマのメカニックとしても卓抜した腕を持っている。そのため、ボスからも「使ってから始末しよう」と思われ、命が助かることになった。ただ、組んだ相手はクズの風上にもおけない、クズのなかのクズだったわけだ。

もともと、優れた資質を持っていたボーレガードが、更生を誓ったのにズルズルと悪の道に落ちていくさまが、実にリアル。一種の異常者は別として、まあまあマトモなやつが犯罪に落ちるときというのは、こんなものだろうと思う。もっとも、そうは言ってもマトモなやつは、最後の一線は超えないわけで、ラスト近くでボーレガードはつくづくと「俺はクズだ」と思い知ることになってしまう。まさにノワール、暗黒小説である。

評価は☆☆。シンプルなストーリーながら、素晴らしく、面白い。

 

この小説では、黒人のボーレガードと、白人のロニーが組む。ボーレガードは父が犯罪者で、家は貧乏で、少年院の院長からは「頭脳がとても優秀だし、その気があれば大学に推薦してあげてもいい。奨学金も得られる」と言われるが、まったく別世界の物語としてまとも聞かない場面がある。惜しいことだが、彼にはそうとしか思えない。思えない社会なのである。

白人のロニーはクズ中のクズだが、ボスのカネを持ち逃げすれば「詰む」のはわかっている。なのに、どうして裏切るかというと、貧乏でみじめな自分の人生が嫌だからで、それなら「死んだほうがマシだ」と思っているからだ。

この登場人物たちは、誰も自分の生を愛していない。それが、もっとも悲しいことなのだが、そこを書き抜いた小説である。

この作者、まだ経歴は浅いようだが、ほかにも作品が出ているようなので、そちらも機会があれば読んでみたい。