Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

「慶安太平記」

「慶安太平記」南条範夫。

学生時代に「燈台鬼」を読み、結構すごい小説だと思った記憶がある。
90才過ぎてまで現役を続けた南条範夫の作品である。

ストーリーは、有名な「慶安の変」に題材をとっている。
由比の紺屋の倅、与四郎が軍学者となり、政変を起こして幕府転覆をたくらむのであるが、未遂で終わる。
配下の丸橋忠弥が酒乱であった為に計が破れる話は有名だ。

与四郎(のち由比正雪)が、二代将軍秀忠の行列を見て「俺は将軍になってやる」と野望を抱く場面から始まるわけだが、特に軍学者として名をはせてゆく経緯が細かく書き込まれ、なかなか読み応えがある。
もちろん、史実に基づいているわけで、読者は最後には企みが成就しないことを知っているわけだが、野望に向けて着々と手を打っていく由比正雪の姿は傑物を思わせる。

「成功すれば劉邦、失敗すれば陳勝」と中国故事をひいてみせる由比正雪の舌鋒の鋭さは、南条範夫自身の長い歴史小説作家としての歴史観が反映しているのだろうか。
(なお、この「陳勝」を、何度も「陣勝」と誤植している。1カ所ではなく、全部だ。情けない。編集者、校正は反省すべき)
まさに、天下を狙う計が破れたが故に、賊として汚名を残しただけであり、勝てば英雄だったことは間違いないと思わせる。もちろん、その英雄は「生まれつき」ではなく「自らを英雄として育て上げる」不断の努力の積み重ねによっていくのだ。南条史観の面目躍如だろう。

歴史小説として読み応えがあるだけでなく、一編の小説として、まるでミステリの倒叙物のような展開を追う面白さがあり、ついつい引き込まれる。
さすが、老練な語り口だと思わずにはいられない。

評価は☆☆。
畢生の大作とか、史上に残る名作というわけじゃないけど、立派な佳作だと思う。
歴史ファンなら、読んで損はしないなぁ。