Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

馬鹿になる心

私の会社も、来期の事業計画を立案する時期になった。
(それで、ちょっとブログ更新が滞りがち。。。)

今期の我が社は、営業活動上の無駄を省く効率化を行って、予想通りの成果。
よって、管理本部の提出してきた予算は、来年度の売上成長に関しても、大きな経費をかけずに、いつでも「緊縮財政」によって目標利益を確保できるものであった。
このプラン自体、予算修正の過程で私が提唱したものであった。やむを得ず下した判断である。
そして今、私は、この自分が提案したラインに沿った次年度予算案を厳しく批判し、戦いが始まっている。

もしも、この予算案で、事業の成長を見込んだ計画が未達であれば(経費予算不足だから、未達可能性が高いとにらんでいる)たちまち緊縮財政を行うはずだ。すると、来年の利益は確保できるだろう。
しかし、我が社は、まだ市場にデビューしたばかりなのだ。
リストラまがいのことをして、利益を出すようでは、その先がないと知るべきだ。ある水準の利益は必要だが、それを超えた利益を単年度で計上することは、決して会社のためにならない。

今年度も、新しい事業分野を手がけているが、ハッキリいって事業ベースに乗らず、それで緊縮財政になった経緯がある。
その原因は、目標を絞らないで、各事業を散発的に行ったことだと私は見ている。
つまり、市場開拓をするには、人材と資金の投入が必要だが、各担当も、計画立案者も、「ミス」をとがめられるのがこわくて、小さな経費しかかけない計画になってしまった。
バラバラに立てられた小さな計画は、小さな失敗の連続として会社に大きな無駄を強いることになっている。これでは、資源の逐次投入によるジリ貧経営の愚を犯すだけである。
市場を開けるには、もっと重点を絞り、そこに資源を集中させるべきだ。
ところが、そうなると、予算が大きくなるから、誰もやろうとしない。
失敗したら責任をとらされるから、何もしないほうが賢いと思っている。管理部門のそのような思考法が蔓延してきているのだ。早くも「大企業病」の登場である。

私は、これを改革し「健全な失敗が必要」だと主張し、予算をまとめて大きくしようとしている。失敗すれば目立つが、なに、今年とそれでも結果は変わりはせぬ。
お利口さん揃いで、誰もやらぬと言うのなら、私がやってみせようと言う。

このような改革を行えば、小さな部門に林立した小ボスは権力を喪失するから、当然反対も出る。管理部門も、経費管理という権力を失い、予算を部門に移譲しないといけないから反対だ。

しかし、社長は、私の改革を支持しているようだ。変革しなければならないという気運は、すでに若手のなかに盛り上がりつつある。
かつての実力ある部下達は、人事を含めた改善を要求する「改革派」となっているようだ。

どこの世界でも、このような軋轢、それぞれの思惑はあるものだ。
そして、志向している「改革」が、本当に成功するか否か、誰も保証できるものはいない。
神ならぬ人には、未来のことは分からぬ。
ぶっちゃけた話が、「このままでいいじゃないか」と主張することの方が楽だ。

しかし。。。今やらねば、悔いは必ず再来年にも現れることであろう。
そのときに、「このままで良い」と主張した人間は、誰も責任をとらぬだろう。ただ、おとなしく、目立たぬようにしているだろう。彼らは、お利口さんだからね(笑)
自分がアタマが良いことだけが矜恃である人間は、たしかに概して利口な行動をとる。
ただし、その利口さは、彼自身のためにしか発揮されないわけだが。

企業における仕事は、基本的には利潤をあげることだ。
その中で、もしも自分が、なおこの年齢になっても、自分の心にプラスできるものがあるとするなら、それは馬鹿になる心だろう。
賢いことが、そんなに大事で、価値のあることだとは思わなくなった。
馬鹿にされる位でちょうど良い。

さてさて。どうなることやら。。。