Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

大いなる聴衆

「大いなる聴衆」永井するみ

ヒロイン紫女史は、札幌でかつての音大時代の同級生のピアニストを招いてコンサートを開く。ところが、ピアニストは突然、演奏曲目を変更してベートーヴェンピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」を弾く。音楽史上に残る難曲にして大作のこの曲を、いきなり弾けるわけもなく、コンサートの出来はメッタメタ。ヒロイン紫女史は「なんで急に曲目変更したのか」とピアニストに抗議する。
そこでわかったことは、彼の婚約者が誘拐されていること。そして、犯人の要求は「ハンマークラヴィーアを弾け。完璧な演奏ができたら、フィアンセは帰してやる」というものだった。

音楽ミステリというやつはなかなか難しくて、宇神幸男神宿る手」くらいしか思い出さないのだが、本作は傑作。冒頭から引き込まれ、どんどんと読み進めてしまう。
コンサートは4夜にわたって行われ、その演奏の紹介もなかなか興味をひくところ。追い込まれたピアニストが、なぜ「ハンマークラヴィーア」を封印したのかという告白に至っては、思わず膝をたたく。ああ、なるほど!という感じである。
ネタバレになってしまうから詳しくは書かないわけだけど、ベートーヴェンの時代はピアノがまだ現在の形にはなってないわけで、音域が狭い。それが改良され、従来よりも広い音域を使った曲がハンマークラヴィーアだったわけだ。

この小説を読んだら、久しぶりに無性にハンマークラヴィーアを聞きたくなり、モノラル版だが名演のバックハウス版を聴いた。そうしたら、もっと録音の良い演奏を聴きたくなり、ブレンデル版のCDを購入して、両者聞き比べというオマケまでついてしまった。
つまり、それくらい、このピアノソナタを聴く気にさせる要素がてんこ盛りなので、謎解きの面白さ、意外な犯人と動機、音楽ミステリというモチーフの面白さで満点。
これは秀作だと思うなぁ。

著者は東京芸大を中退。音楽への造詣の深さは納得できるものがある。

評価は☆☆☆。上質な国産ミステリ、という意味で、こりゃ間違いなく名作だろうと思う。難点があるとしたら、多少ピアノが好きな人でないと、ちょっと分かり難い部分があることか。だけど、それを差し引いても、実に面白いミステリだと思う。
久々の三つ星、文句なしとしたい。