Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

日米開戦の真実


「日米開戦の真実」佐藤優

大川周明の「米国亜細亜侵略史」「英国亜細亜侵略史」から、当時の日本が米英と開戦するに至った理由を解説した本。

大川周明の分析によれば、日本の戦争は自衛戦争である、という単純な見解ではない。ではなく、大亜細亜主義という思想があって、その中で英米世界との激突は避けられないという「最終戦争論」によって開戦したのだ、ということだ。
それを、佐藤氏は「トーナメント戦」と表現する。
当時の世界は「宗主国になるか」「植民地になるか」二者択一であった。つまり、独立国家同士が植民地を支配しながら雌雄を決する形で歴史は進行していく、その最後の戦争が終われば、世界は一国が強固に支配することで平和になる、という思想である。それが、当然だと思われていたのだ。事実、そのように当時は歴史が進んでいたのである。植民地をもった強国同志が戦い、そこで勝利を収めた英国が世界のヘゲモニーを握っていた。
だから、何も「最終戦争論」は石原莞爾の独創ではなかった、ということなのである。石原の独創は「日本が大亜細亜主義をもって、英米世界と戦わなければならない。そのためには、日本一国の力ではムリだから、満州を一時借りておく」という戦略論であった。借りる方には貸す方の痛みがわからない、そこが日本の欺瞞につながったという批判は新しい。

最終章に至って、佐藤氏は世界の外交は「性悪説」であり「力の論理」だと断言してみせる。従って、大川周明の論理は「敗者の論理」でしかないだろう、と指摘する。その上で、なぜこのような「誤謬」に日本が落ちたのか、それは日本人が考える「正義」が世界で通用すると思いこんだ点にあるといい、大川の多元主義思想に習えと言う。

評価は☆。
大川周明の論理自体は、実に明快。

終章にいう佐藤氏の「東アジア共同体」への反対論は、充分に首肯できるものだ。EUと違って、東アジアには共通の価値観(ローマ法のような)がないから、経済共同体しかつくれない。だが経済共同体は、実際は自由な経済以上の効果を上げることはできないだろうから。役人を雇うだけムダだと思う。

大川周明の弱点は、彼がインテリだということにある。同じ右翼指導者でも、北一輝とは格が違う。死の前日に「大魔王観音」と揮毫して大川に送りつけた稚気。
226事件のときの北の電話の録音を聴いたことがある。「マル、マル、マルある?、、、あ、そう。じゃあ、頑張ってね~」
まるでドリフのコントのような軽い口調。(マルとは円すなわちカネの隠語)一方で「玉を押さえなかったから負け」だと事件発生時にただちに予言した。玉は玉体、すなわち天皇陛下のことである。このカリスマを受容できずに処刑してしまった、戦前の「日本軍国主義」の限界であった。

日清、日露、大東亜の中で「名将」と呼ばれた人物は、ほとんどが「元武士」の家系なのである。平民出身のすぐれた頭脳を集めた陸軍士官学校海軍兵学校も、残念ながら代々武家の教育以上の成果を出せなかった。せいぜいが小細工を弄する参謀を量産しただけだった。このあたりに、日本が敗けていった「文化」の問題が潜んでいるように思えてならない。
明治を経なければ日本は生き残れなかったし、その経緯のなかで、当時としては充分に「民主主義」も育まれていたと思うのだ。その結果の敗戦は、実は「民主主義」の大きな弱点を示しているのじゃないか、と思うのである。
今は、これ以上は踏み込めないのだけど。