Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

雑感をつらつら

中川発言に思うところをつらつらと。

確かに、総理大臣にぜ~んぜん敬意を持たない閣僚なんて、そりゃいかんとは思う。思うけれど「私語はしないようにしましょう。ちゃんと起立して迎えましょう」なんて、小学生でもあるまいに、と思う気持ちもあるのであります。

小泉首相のときを想起しますと、だいたい早足で小泉首相が入室してくると、閣僚はただちに起立して迎えていたように思うのですな。小泉さんが「恐怖政治」を布いたから、というわけでもないでしょう(笑)
やっぱり、ああいうのは「威自ずから具わる」というのが良いと思うのです。
「言わなきゃならん」こと自体が、かなりイケナイのではないか?ということなんであります。

ついでに言いますと、あの北の将軍様がお出ましになると、皆が立ち上がって大拍手をするわけです。あれは、たぶんそのように指示(サヨク的に表現すると「強制」)されているのに相違ない。そんなもん、勝手にしたい人はすれば良いのであって、どうも異様な風景じゃないか、と思うのであります。
なにもそんなマネを、我が国でやらんでもいいような、ね。

古い話で恐縮ですが、先の大戦のお話であります。
日本兵は、私語なんてしないわけです。一応、隊列を組んで行軍することになっている。まあ、負けだして、ボロボロになってからは、規律もくそもなかったのかもしれませんけど。
で、米兵というやつは、クチャクチャとガムを噛んだり、適当にしゃべりながら行軍するわけですよ。日本兵から見れば、規律もくそもない。なんだ、こんな奴らと東条あたりが思ったのもムリはない。東条は教条主義的な人物でしたからな。
で、実際に、規律ある日本と、てんでばらばらの米兵が戦うと、米兵が強いのでありますよ。形にとらわれ、固定した動きしかできないというのは、実に悪弊が多いのですなあ。

私は、国会ならば「公」の側面を理解するけど、しょせん内閣なんて行政は「仕事ができるか否か」だけでいいと思うのであります。あとは、まあ、どうでもいいんじゃないかな、などと。
小泉さんは、自分のやりたいことしか見ていませんでしたが、その意味では脇目もふらなかった。で、閣僚はイヤも応もなく、そのために働いていたわけです。だからこそ「威自ずから具わる」となるわけであります。
それでいいんじゃないかと。

中川幹事長もやきもきしているんでしょうが、こんなことを言わなきゃならんこと自体、先行きが危ぶまれると思うのであります。

会社の役員会も似たようなものかもねえ。役員が私語をする風景、よくあります。「まあ、いいんじゃないの」と思っているのです。そりゃ社長の力量に問題があるからだ。

上杉景勝とか結城秀康の話を思い出したなあ。つまらぬ話はまたにしますが。