Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

政策論争のデタラメ

政策論争のデタラメ」市川眞一。

著者は外資系金融機関に勤務しており、いくつかの政策論争を取り上げて、そもそも論争がデータをふまえた客観的なものになっていない点を指摘している。
であるから、本書は、政策論争に関して、たとえば自民党民主党のどちらの立場が正しい、という主張をするのではなく、その議論そのものがずれている、という指摘をした書である。

冒頭、まず地球環境温暖化問題に関する指摘をする。
京都議定書の1990年度基準があきらかに日本外交の「ひとり負け」だった点を指摘した上で、そのような判断となった舞台裏まで描いている。
実は、決議前日、日本は5%でおおむね合意となっていたのだそうだ。しかし、温暖化ガスを抑制するためには、支那やインドをはじめとする途上国が議定書に加わってくれなければならない。
彼らは、それまで「温暖化ガスなどというものは、先進国が流したものであり、途上国を規制するのは納得できない」と主張していた。
で、日本は、自ら6%に上乗せすることで、彼らの歩み寄りを期待したのである。
その結果、途上国は「排出枠取引には応じるが、数値目標はもたない」となった。一見、妥協に見えるが、なんのことはない、彼らは排出枠取引で儲かるのであって、おまけに数値目標はもたないのだから、なあんにも得るところはなかったのだ。
日本の外交というのはたいていそうで、アフリカ諸国支援のときも、国連の常任理事国入りの投票のとき「日本は何も言わなかった、支那は支援を出す代わりに支那に賛成しろと言った。私たちはそれぞれ要求通りにちゃんとやっているのだ」という理路整然とした説明で、賛成が得られなかったことを思いだす。
日本人が考える「友愛」なんざ、せいぜいこんな程度のもの、というのは留意しておいたほうが良いな(笑)
なお、著者が考える対策はただ1点で、つまり原発推進しかない、ということ。誰が考えても、どう計算しても、そういう結論になるだろう。
ただし、我が国のように火山国で、国土が狭い条件での原発推進となると、相当の難しさがあるということは考えておかなければいけないと思う。
アメリカのように、広大な砂漠の地下深い岩盤に最終処分場をつくることはできない。青森六ヶ所村が、そんなに地盤堅固なのかと思う。だって、日本なんだもん(苦笑)

医療問題についていえば、そもそも「医師不足」は本当か?という疑問を提出する。
医師不足日本医師会の主張であり、OECD平均で1000人あたり3人なのに、日本では2人しかいないことによる。
ところが、一方で受診回数はOECD6.8回に対して、日本人13.8回であり、なんと倍である。
そして、特定機能病院(大学病院など高度な医療を提供する病院)の61.4%が、10分以内に診察を終えてしまう。
これじゃあ「大した病気でもないのに、大学病院に行き、診察はさっさと済ませて帰ってしまう」患者の姿が浮かび上がってくる。
日本の医療制度が、実は「開業医優先」であり、大病院の「勤務医」が不足していること、今の税制と報酬と勤務時間では、誰でも開業医になってしまうこと(そのほうがメリットが多いのだから当たり前)、混合診療や並行受診も防ぐことができないことが述べられている。
後期高齢者医療制度を見直すのは良いが、元の制度に戻したら破綻するのであって、ただ単に「名前が悪い」というバッシングに終始したマスコミの報道姿勢を厳しく指摘しているのは当然だろう。

そういえば、あれだけ年金記録問題で叩かれ続けた自民党政権だったが、民主党に代わって1ヶ月、その厚労省がらみのニュースが何もないのも不思議である。出るのは前原国交相ばかりなり(苦笑)

その他、教育問題、郵政民営化問題、そして議員定数削減など。

教育問題については、そもそも学習到達度を数値で評価しなくて、いったい何で評価するのか?という。誠にもっともである。
それが、いわゆる学力テスト重視の弊害を招くというのなら、そもそも大学入試制度を見直すべきだ。さんざん義務教育期間において「平等」を教え込んで、さていざ入試となったら情け容赦なく点数評価では、そりゃ義務教育が詐欺なのである。
そのときになって「実は、点数で大学進学が決まり、大学ブランドと生涯収入の相関はとても深いです、アハハ」で笑って済むか。済むのは、おおかた親方日の丸で自分は安泰、生徒なんざしょせん他人の人生だからだろう。
世の中そんなものだという、貴重な教訓を垂れているのかもしれないが、それはもうちょっと大人になってからでもいいような気がするな。

郵政民営化に関しては、小泉改革が「入り口」の改革で終わったことを反省点として、「出口」つまり簡保郵貯資金の運用に目を向ける。
そもそも、日本のトップバンクMUFGの倍ちかい規模を誇るゆうちょ銀行だが、その資金運用はほとんど国債購入である。
日本の国債が、こんなに垂れ流しなのに、さして利息があがりもしないで、ほぼ国内消化を出来ていることをもって「心配ない」と断言する気楽な方も多いこの頃だが(どこやらの○チガイ金融相もそうだ)そりゃゆうちょがアホみたいな金利でも国債を買ってしまうからである。
預金金利が安いから、安全第一、なんの審査能力もなくて済む国債を買う。売れるから、ますます国債金利は上がらない。おかげで、どんどん国債が積み上がる。
ここまで巨額になってしまうと、もはや金利も上げられない。金融政策の自由度をなくした通貨に成り下がったので、とうとう通貨統合だ、東アジア共同体だと言い出す。支那の成長力にのっかろうという魂胆である。
ただし、通貨主権を失うと、アイルランドや、昔のタイ、インドネシア、韓国ウォンのような事態が起きても避けられない。
やけっぱちになる前に、なんとかもっと努力しろよ、ということだろう。

評価は☆☆。かなり読み応えがあった。面白い。

ま、ともあれ。
テレビのコメンテーターの言う通りに腹を立ててみたところで、物事はそう単純ではないので、なんらも問題解決しないんだよ、というのを知るには良いと思うのだな。
そもそも民主主義政権下では、不景気の時に財政出動してしまうと(ケインズ的政策)いざ好景気になっても、失業問題や選挙区の事情やらが出てきて、財政規模を絞れないものだ。
政権を維持するには(政権政党はそれを当然考える)財政を弛緩し続けるようになる。
巨額の国債は、政府に「なんとかしろ」と言い続けた国民のしからしむるところ、でもあるのだ。自民党が悪い、官僚が悪い、そりゃそう言えばそうなのだが、そんな有権者だってことでもあるわな。

最近になって、ずいぶんブレまくりの鳩山政権を見ながら、私は良い傾向だと思っているのだ。
現実は、そんなものなんだから。