Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

満潮

「満潮」メアリ・ウェズレー。

作者は英国婦人で、本書がデビュー作にあたる。
一応ミステリなのだろうと思うが、淡々とした叙情的な描写が印象的な小説である。
英国人好みなのはよくわかる。カズオ・イシグロ「日のなごり」のような、過ぎ去った、勘違いの過去を、皮肉とそれでも愛情をこめて丁寧に紡ぎ出している。
そして、なにより驚いて欲しいのは、、、この処女小説が、なんと著者70歳のデビュー作だったということだ!
そして、彼女は、この後に書いた小説も続々ヒットし、ベストセラー作家になってしまったのである。
人生に、なにかを始めるのに、遅いということはないのだねえ。

主人公は、英国の海辺の町で、主人公は50過ぎの未亡人である。夫に先立たれた彼女は、老残の人生を忌避しており、ワインで睡眠薬を飲んで海に入って自殺するつもりだった。
ところが、その行動をいよいよ実行に移そうかというときに、若い男性と出会う。彼は、実の母親殺しの罪で、指名手配になっていた。
彼女はそれに気づいたが、すでに死を覚悟した彼女には、殺人者をおそれる理由がない。会話するうちに、この男を助けたくなってしまった彼女は、結局男を家に連れて帰る。
そこから、男と彼女の共同生活が始まる。
彼女は、男のために食料を用意したり、男の財産を持ってくるためにロンドンに行ったりする。
ロンドンでは、昔のボーイフレンドと会い、亡くなった夫について、生前の思いもかけない姿を知ることになる。
そういう事実に彼女は打ちのめされる。
帰宅した彼女に対して、男は、事実を受け入れて生きるように話す。
彼女も、いったんはそう思うのだが、翌朝、男は去ってしまう。
何もかも失った彼女に、唯一残っていたものは。。。

女性は、男性よりも、明らかに不自由な選択をしなければいけないことが多い。
映画「シェーン」を思い出す。ラストシーンで、シェーンはかっこよく去っていく。その後の家族の暮らしを考えてみたことはあるだろうか?
シェーンはかっこよく去ればいい、男だから。残された女と子どもはどうなるのか?
男のロマンなんぞ、その程度のものである。
かっこよく去るシェーンよりも、普通に家族を養って働いているお父さんのほうが実は偉大であるのだが、しかし、お父さんはシェーンじゃない。
かっこよくないので、映画にはならないのである。
そんな男の目線の矛盾なんか、すっぱりと止揚なんぞあきらめて、どうせできっこないんだし、女性の目線で淡々と事実をつかまえましょうよ、とこの作品は語っている。
ドラマも思弁も男の矛盾の遊びでしょ?
ああ、馬鹿馬鹿しい。
そういう人生のばかばかしさが、殺人犯の男が母親を殺したときの顛末なのである。
男の人生の苦悩なんて、その程度の物じゃないの?と作者は言っているのですね。

評価は☆☆。素晴らしい作品だと思う。
こういう小説が売れる英国はすごいじゃないか。
冒頭の50頁を読んだだけで、あとの展開がなんとなくわかってしまう水戸黄門的な小説しか売れない日本とはワケが違う。
良い小説家は、良い読み手が育てるものなんだなあ。

70歳で、この水準の作品を書いてデビューできるのであるから、日本の政治家がいう「50,60ハナタレ小僧」も、まんざら嘘ではないようである。