Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

千尋の闇


本書はゴダードの処女作なのだが、あまりの出来映えのすばらしさに「ゴダード最高傑作」と言われる。
デビュー作が最高傑作というのは、なにやら「一発屋」のニオイがするのだが、ゴダードの場合は他にも面白い小説を書いている。
ただし、「千尋の闇」は抜群なのだ。この作品を越えるのは、作者自身でも容易でない、ということである。

最初の舞台はマデイラである。
有名なマデイラ酒の産地で、のんびりとしたリゾートである。
元歴史教師のマーチンは、とある理由で教師をクビになり(よくある話ですなあ)マデイラに気分転換にやってきた。
そこで、地元の実業家から、第二次大戦の前に消えた青年政治家について、本人自身の手記を託される。
そして、この手記の真偽を含めて、ここに記載されていることが事実かどうかを調査して欲しいと依頼を受ける。
マーチンは教師の職を失ったばかりだし、報酬を貰えて好きな歴史研究をできるのだから、断る理由もない。
よろこんでマーチンは、この仕事を請け負って、英国に帰る。
小説は、この手記とマーチンの調査の様子が交互に描かれて進んでいく。
手記の青年政治家は、婦人参政権運動の有名な活動家の女性に心惹かれ、ついに婚約をすることになるのである。
ところが、結婚目前となってから、なぜか突然、この婚約は破れる。
理由を聞いても、女性の家族はけんもほろろの扱いである。その理由は何故なのか?マーチンの調査はその点に絞られる。
すると、手記の青年政治家が軍隊時代における悪友が、戦争によって武器製造業で軍事産業会社として大成功していることがわかる。
青年政治家の婚約破棄した恋人は、その武器製造会社の社長夫人になっていたことがわかる。
これはいったい偶然なのか?
婚約破棄の理由は、何だったのか?
青年政治家の手記は、思わぬ完結編が別に準備されており、マーチンはこれを発見する。
婚約破棄の原因は、なんと青年政治家がマデイラで結婚したことになっていたことだった。つまり重婚である。
しかし、彼には、まったく身に覚えがないのである。
真相は明らかにされ、青年政治家の死の真相が明らかになったときに、彼の子どもが鉄道事故で死ぬ。
そして、マーチンは、武器製造業会社の未亡人の協力を得て、ついに真相に到達する。
それがわかったとき、マーチンは最後の行動をとるのである。

評価は☆☆。
読み出したらとまらない。けだし、名作というべきである。
これが処女作とは信じられないすばらしさで、ゴダードという作家の力量を充分に示したものである。

物語のラストは衝撃であるが、頷けるものでもある。
不正とは何か、裏切りとは何か、そして自己犠牲とは何か。そういうことを考えさせてくれる。
もし私がマーチンと同じ立場だったらどうするだろうか?と考える。
私は、かねて広言するように「腰抜け」である。
おそらく、世の不正を見逃すだろうと思う。怯懦と笑われようが、私は自分が可愛いという気持を捨てきれない。
エゴイストとして、相応の報いを受ける人生しか送れないのだろうと思う。
「小市民」とは、私のためにあるような言葉なのだから。
そうは言っても、今更、大物ぶっても仕方がないではないか。

そういうつまらぬ人生だからこそ、小説を読んでいるのだろうねえ。
自分の人生が小説並に凄いものであれば、たぶん、小説は不要だろう。

小説家という人種が、意外にチマチマとつまらぬ人物が多いのは、そういう理由ではないかと思っている。
小市民の心は、小市民こそ知る。
自分も65才を過ぎて年金を貰えるようになったら、小説を書いてみようか、と思うことがある。
なにしろ小市民ということでは、おさおさ人後に落ちるものではない、という自信はありますぞ(苦笑)