Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

夏の椿

「夏の椿」北重人。

著者のデビュー作である。

舞台は江戸、天明の時代。
主人公の周之介は、長屋住まいの剣術指南で、アルバイトで刀剣鑑定をやっている。
貧乏旗本の妾腹に生まれたために、苦労しているのである。
長屋の住人からは「エイトウの先生」と言われている。「エイトウ」は江戸弁で剣道のこと。掛け声からきたんでしょうね。

その周之介の甥が何者かに殺される。
調べていくと、搗米屋の柏木屋があやしい。
柏木屋は、越後から上京して身を立てたやり手の米屋で、さらに地面(不動産)を扱って日の出の勢いである。
その柏木屋が、どうやら周之介の済む長屋の地上げを画策している様子がある。
周之介は、甥が身請けしようとしていた遊女、沙羅に出会う。
甥は、柏木屋が金銭借用書を偽造した証拠をもっていた。ある土地を担保に金を貸し、その借金を返済するはずの夜、借主は謎の死をとげる。
柏木屋は、借金を返済してもらっていないとして、土地を奪取。
残された借主の家族は離散し、その娘が沙羅で遊女に身を落としていたのだった。

周之介は、越後に出向いて、柏木屋に兄弟がいたことを知る。
その二人の弟の行方がわからない。

都合が悪いことが起きると、次々に人が亡くなる柏木屋の「守護神」が弟達であることを、周之介は見破る。
そこに、沙羅が逃げてくる。
周之介は沙羅を苦界から救ってやることにして、甥の仇を討とうとする矢先、守護神に襲われて負傷。
沙羅は、周之介に対し、復仇はやめてもいいからと無事を願う。
ところが、療養を終えたところに、近所で放火があり、沙羅がさらわれてしまう。
周之介は、いよいよ、守護神の居所へ乗り込むことになる。。。

デビュー作とは思えない筆致である。
練達の時代物の書き手ではないのか、と思ったくらいであった。
たいへん面白い。
評価は☆である。

本作は、松本清張賞の応募作だったそうである。
そのとき、受賞できなかったのであるが、審査員の伊集院静大沢在昌の2名が強く推し、出版社がその意向を汲んで出版にこぎつけた、というエピソードがある。
ちなみに、この時の受賞作は「火天の城」だったそうで、相手が悪かったとしか言えない(苦笑)。
しかし、本作も世に埋もれさせておくには惜しい作品であった。
こういうことはあるものである。

ちなみに、著者は本作の前に「蒼火」という作品を脱稿していた。
本人は、これを気に入っていた。(のちに、大藪春彦賞受賞)
「蒼火」の主人公を描くために、その前篇として書き上げたのが本書である。
つまり、デビュー時から作品を既に書き溜めてもっていたことになる。
本当に筆力のある人は、こういうことができるからすごい。
運だけで受賞してしまい、「あとがない」一冊だけの作家は多いものである。

かつて、オール読物新人賞をとった人に、お話をきいたことがある。
受賞する前に、編集部から電話がかかってくる。
何日の何時ごろにご連絡しますから、待機していてくださいと言われて、電話番号の確認がある。
そのあと「ところで」と聞かれたそうだ。「今、お手元には、何本の作品がありますか」と。
もしも受賞したら、誌上で受賞作を発表する。
しかし、それだけでは、本にならない。あと何本あるのか?編集部が気にするところである。
この質問が出た時「これは、ひょっとする」と思ったそうである。

これは、別の話であるが、会社の株式上場が決まった時も、やはり電話を待っていた。
証券会社から連絡がある。
役員は、なんとなくそわそわしている。
しかし、インサイダーとかになっては大変なので、皆、黙っている。
そのうち、電話が来た。社長がとって「はい、はい」
そのあと「ちょっと」と言われて、役員一同が会議室に集まった。
社長が手でマルをつくり「決まった」
皆が「おお、、、」と言って、それだけだった。「じゃあ」
そのあと、業務に戻った。

懐かしく思い出した風景である。