Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

追憶のかけら

「追憶のかけら」貫井徳郎

この人の小説は、まあ文句なしに面白い。ストーリーテラーとして、今のところ、本邦一といえるのではないか?と思う。

主人公の松嶋は大学講師で、妻に隠れて風俗遊びをしたのがばれ、その妻が娘を連れて実家に帰っている最中に事故死。
ことの顛末に怒りを隠しきれない妻の実家は、松嶋の娘を返すことを拒否している。
妻の実家は、松嶋の奉職する大学の教授であり、松嶋はプライベートでも勤務先でも、さえない日々を送っている。
そんな松嶋のところに、終戦後まもない時期に自殺した佐脇という作家の手記が届けられる。
佐脇は、寡作で夭折したために、文学史上、さほど重要な作家というわけでもないが、自殺の真相は長らく謎とされてきた。
その佐脇の死の真相にせまる手記発見となれば、松嶋にとっては大きな業績となり、大学講師から教授へという出世も見えてくる。
佐脇の手記は、井口という戦地引き上げの兵隊が残した妻以外の女性への詫びを伝えるというものだったが、その過程で、本人には身に覚えのない悪意が次々に襲い掛かり、ついには絶望して首をくくるというものだった。
繊細な佐脇は、自分の無神経さが周囲の人々の恨みを買っているという状態に耐えられなかったのである。
この手記を発見して、論文を発表し、そこそこの反響も来ていた松嶋だが、そこに驚きの知らせが入る。
紙質鑑定の結果、この手記がニセモノだというのである。
しかも手記の中にある新宿の地名は、戦後かなり経ってからつけられたもので、手記の当時は実在しない知命であることがわかる。
そうなると、贋物をもとに手記を発見した松嶋の立場は極めて悪くなる。
これは、松嶋に向けられた悪意なのであった。
亡くなった妻とは、かつて恋の鞘当をした相手がおり、その母親の歪んだ愛が描かれる。
しかし、結局、松嶋は救われるのである。
そうして、その救いの背後に、亡くなった彼の妻の思いがあることを知ることになる。
松嶋は、追憶のかけらを発見したのだった。。。

うーん、相変わらず練り込まれたプロットで、二転三転のどんでん返しも鮮やかである。
おかげで、かなり大部の作品であるにも関わらず、まったく長さを感じない。
おそるべき筆力である。

テーマは、まさに「追憶のかけら」である。
主人公の松嶋のコンプレックス、知らない間に他人を傷つけてしまうという怖さ、そして、それにもかかわらず、結局彼の人格そのものが彼を助けることになる。
彼の良さをわかってくれている周囲の人たちによって、である。
この小説は、孤独だと思い込んでいる人のための家族小説なのである。
ミステリの舞台を借りた、もっと現代的な(つまり、登場人物がみんな孤立しているという意味で)家族の物語である。

この小説に出てくる人たちは、皆、それぞれのやり方で、家族を思っている。
しかし、その思いは、互いに共有されることがない。
家族を思い合いながら、しかし、孤独なのである。
なんだか、自分の身に引き比べて、しみじみとものを考えてしまった。

やっぱり、今年は、お盆くらいは帰省してくることにしよう。
久しぶりに老親の顔が見たくなった。