Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

音の手がかり

「音の手がかり」デヴィッド・ローン。

主人公のハーレックは元音響技師である。
映画の中で、シャンデリアの落下音やガラスの割れる音、女優の喘ぎ声などを他からもってきて、うまく場面に当てはめる仕事をしていた。
ところが、ある日、砂糖でできたシャンデリアを落下させるはず(粉々に飛び散る。あとで別の音をかぶせる)が、手違いで本物のシャンデリアが落下してきたのである。
現場に立ち会っていたハーレックは、ガラスの破片をまともに浴びたため、失明してしまった。
映画会社は、彼に障害補償年金を支払うことにし、彼は早期引退することになる。

そんなとき、彼の姪が誘拐されてしまう。
ハーレックは、電話機に録音機を取り付け、犯人からの電話の背景ノイズを職業的な経験と盲人ならではの鋭い観察力、さらに昔の職業でなじみの音響機器やコンピュータソフトを用いて分析をする。
風鈴の音、道路工事のドリルの音、上空を飛ぶ航空機の音。それに、テレビの音。
これらの情報から、ハーレックは犯人の居場所を特定する。
シカゴ警察は、そんなハーレックの努力に懐疑的だったが、しぶしぶ女性刑事ひとりをハーレックのもとに差し向ける。
彼女とハーレックの間には、ロマンスが発生する。
一方、犯人たちはいよいよ身代金を要求してきた。
そこで、シカゴ警察が突然、犯人らしき二人組の人物を逮捕したと発表する。
しかし、その警察発表は、ハーレックのつかんでいる音の証拠とは、一致しないものだった。
ハーレックは警察の誤りを指摘し、女刑事も上司に掛け合うが、取り合ってもらえない。
女刑事はいう。
「警察は、誘拐された女の子が殺されてもよいと思っている。そうすれば、陪審員の怒りは必ず犯人に向かい、彼らを電気椅子に送ることができる」
「女の子が生きて救出されれば英雄だけど、死んでいたときでも、犯人さえ捕まえれば、捕まえた警察は仇をとった英雄になれる」
警察は、犯人を逮捕することが目的であり、人質の救出を目的にしないのだ、と彼女は過去の経験を踏まえて指摘する。
ハーレックは、姪の両親と協力し、自分たち自身で犯人相手に罠を仕掛け、姪を取り戻すことを決意した。
女性刑事は、ようやく上司を説得し、現場に武装した刑事を派遣することを承諾させる。
そして、ハーレックは盲目の身で、シカゴの吹雪の中、姪を受け取るために指定場所に向かう。
犯人たちは、カネを受け取った後、ハーレックら二人を射殺して逃走する手はずを整えている。そのほうが、逃走時間が稼げるからである。
ハーレックたちの姪救出作戦は、果たして成功するだろうか?


盲人ゆえに異常に鋭くなった聴覚に、さらに前職の豊富な経験が生きて様々な音を聞き分ける主人公の造形は魅力的だ。
逆探知を防ぐために、3分以内で終わらせる電話であっても、そのバックグランドノイズまでを排除することはできない。
思わぬところから、犯人の居場所を割り出す主人公の推理は、十分に論理的で興趣満点である。
添えられたシカゴ市内の地図も、より小説を楽しむための気が利いた小道具だ。
評価は☆である。

ただし、である。
小説の舞台背景や主人公の造形は悪くないのだけど、ストーリーには無理がある。
お堅い女性刑事が、わずか1日で主人公と恋に落ちて、ベッドをともにするとか、さ。読者サービスだろうけど、なんだかなあ(苦笑)。
翻訳もぎこちない。でも、このあたりは、流してしまえるレベルの話ではある。

この小説の舞台はおおむね90年代で、このようなことが可能だった。アナログ回線につながったマイクは、お世辞にも高性能ではないが、しかし、無数の音を拾っている。
実は、今だと、かえって難しくなっている。
電話のIP化がすすんで、音声コーデックがよりライトなものになり、最低限通話に必要な帯域レベルだけを切り取って圧縮しているからだ。
一見、クリアに通話が成立しているように聞こえるが、背景ノイズは一定レベル下はスパッと切り取られている。なくなってしまったものを、再現することはできない。

デジタル技術は、アナログソースを解析するのには、非常に優れている。
しかし、ソースそのものをデジタルで作成すると、それ以上の音は絶対に出ないのである。
実は、最近アナログレコードが復活して人気だそうで、プレス工場はどこも稼働率100%の大忙しなんだそうである。
ひょっとすると、切り捨てられた情報(雑音、といいますが)が、どこか懐かしくなってきたのかもしれませんなあ。