Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

マンチュリアン・リポート

「マンチュリアン・リポート」浅田次郎

マンチュリアン・リポートとは聞き慣れない言葉だが、日本語で「満州報告書」といえば疑問は氷解である。
本書は、天皇機関説をとなえたかどで営巣に放り込まれた若い陸軍士官が主人公である。
ある人が、かれを早期に仮釈放させるという。
そこで連れて行かれたのは、なんと、畏きお方の御前であった。

陛下はそこで、士官にいう。
満州某重大事件のいきさつを調査し、報告せよ」
士官は、命令を拝受して、満州に向かうのだ。

ここからは、士官の報告書と、奇妙なのだが、張作霖が乗っていた蒸気機関車の独白によって物語が進む。
張作霖が、当時は皇帝と思われていたほどの権勢と器量をもった人物であったこと。
陛下の平和の意思。
そして、関東軍の冷酷なる計算が混ざり合って、事件は起こる。

事件の真相そのものは、格別に新しい解釈はない。
教科書に載っているとおりである。
張作霖を、河本大作が爆殺したのである。
関東軍は、満州でもっとおおっぴらに動きたかったのである。しかし、陛下の和平への意思は固かった。そこで爆殺である。
その混乱に乗じて、非常時であるから、陛下の聴許を得ることなく、軍をすすめることができる。
張作霖は、北京を捨てて満州に逃げ帰ってくると日本には見えたのである。
それなら、もう用はなく、むしろ関東軍満州支配の妨げになると見えたのであった。
張作霖が南下政策をとる限り、日本にとっては有益だったので協力関係があったのだが、そこで手のひらを返したのである。
歴史の残酷さの一面である。


評価は☆。
浅田次郎にしては、今ひとつと思えなくもない。浪花節が少ないのだ。
仕方がないから、作者は機関車に語らせた。そうせざるを得なかった。そのくらい、この時期の物語には、泣ける人物がない。
さすがに厳しい設定だと思わざるをえないなあ。

しかし、気をつけなくてはならないのは、そもそも侵略が悪だという概念そのものが、戦後つくられたものだということである。
欧米は、なにゆえアジアやアフリカを侵略し、植民地にしたのか?
実は、彼らはそれを「遅れた地域に光を当てる善行」だと信じていたのであった。
植民地(=コロニー)というのは、文化を伝える行為だと博愛的に考えられていたのである。
ところが、英国がインドで失敗した。インドは、英国が何をしても、彼らの文化に染まらなかった。それどころか、反乱が続々と起きた(当たり前だが)
英国は、ついにインドの教化を諦めて、経済的に搾取するだけの対象に切り替えた。

日本は、遅れてやってきて、その欧米の真似をしたのである。ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」に指摘されたとおり。熱心に欧米のやり方を学んだ。
それを応用しようとしたら、もっとも近かったのが満州だったのだ。

あとから、それは侵略だと指弾するのは簡単である。
しかし、その当時の常識は違うというのは、知っておくべきであろうと思う。
世界は「ブロック経済」の時代であった。
他国と交易して、ものを買うのが負け、売りつけたら勝ち、だから貿易黒字が善で、赤字だと悪だったのである。

その後の経済学の進歩によって、貿易赤字や黒字そのものには、まったく意味がないことがわかった。
今では、経済学の教科書の最初の30ページ以内には書いてあることである。
それでも、いまだに赤字だとか黒字だとか、ニュースになるのである。
考え方が変わるというのは、実に困難なことなんだと、思わずにはおられません。