Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ダイナー

「ダイナー」平山夢明

寝食を忘れるほど面白い小説、という噂が某掲示板で語られたほどの小説。
そう聞いてはたまらんので、さっそく読んで見る。この作家の作品は初めてである。

主人公はオオバカナコ。決して小田マリではない。
金に困ったカナコは、あやしいネット掲示板で「クルマを運転するだけで30万」という闇バイトにとびつき、おかしな二人組にクルマを運転してヤ○ザさんに生き埋めにされそうになる。
「なんでもしますから~」
「何ができるんだ?」
「お料理が上手なんです!」
というわけで、恐ろしく風変わりで命の保証はないダイナー(食堂)に放り込まれる。
そこを仕切っているのは、元殺し屋の料理人、ボンベロ。
このダイナーの客は殺し屋ばかりで、せめて彼らが安心して食事ができるように作られたのである。
で、そういう客ばかりなので、ウェイトレスは気に入らなければ殺すし、気に入ったから殺すやつもいる。
カナコは、さっそく殺されかけるが、人質をとったり別の殺し屋に助けてもらったりしながら、3日間(くらいだろ)を生き抜く。


うーむ、刺激の絶対値マックスでサービス精神あふれる怪作、といったところか。
評価は☆かな。
過激な描写の連続、おそろしい豆知識(殺しの知識なんて、そんなもの応用できんでしょ)の連発ではある。
しかし、それらの描写やらウンチクを剥ぎ取ると、そこに見えるのは一種の青春小説と同じ構図なのだ。
つまりは、主人公が様々な事件に遭うことで(解決はしないし、できないものばかりだ)人間的に成長する、というテーマである。
そういう意味では、まさに手垢のついたような古典的な話なのだが、そのデコレーションがすごいわけだ。
読んでいる最中は面白くてたまらないのだが、読後感は普通に感動したりする。
よくできた小説である。

著者は寡作だそうであるが、それはそうだろう。
こんなにドバドバと惜しげもなくネタをぶち込んだら、しばらくは空っぽになってしまうだろうと思う。
「俺達に明日はない」を地で行く、凄まじい迫力である。

ただ、どうだろうか。小説家として、すごい職人技というか、根性を見せられた気がするんだが、生き方を揺さぶるような迫力はない。
目からウロコ、というショックもない。
そういう意味では、過剰なまでの描写に頼り切っている作品で、それが著者の持ち味なんだと思う。
なんというか、惜しい。

今は、ネットの発達もあって、色々な情報が世の中には溢れかえっている。
ちょっとやそっとのネタでは、みんな、驚かなくなった。
つまり、刺激に対する閾値があがったわけである。
じゃあ、というわけで、どんどん強い刺激に走る。これでもか、これでもか、というわけである。
この作品は、そういう路線の一つの頂点かもしれない。
だけど、それじゃあ行き詰まると思うのである。
どんなに力んでも、宮崎勤事件のほうが変態だし、オウム真理教事件のほうが戦慄だし、311のほうが悲劇だ。
その路線でいくかぎり、文字は現実に勝てなくなった。
小説よりも恐ろしい現実に襲われると、小説は途端に色あせてしまう。

だから、刺激の絶対値競争ではなくて、別の方角にいったほうが良いのではないか、と思うのである。
現実にできないから文字だ、というだけなら、それは発想が乏しいのではないか、と思うのだ。
それだと、突き詰めると「予算不足」だから小説にしました、なんて話になりかねない。
代用品の小説になりかねない。

代用品ではなくて、なるほど、これは小説じゃないと、と思わせることが必要だろうと思うのである。
ネットが発達した現在では、どんな情報も、画像も、動画も手に入るだろう。
「それよりも、テキストを」
と思ってもらえることも必要なんじゃないか、と思った。

テキストの復権を、つい大真面目に考えたりしてしまったわけだが、やっぱり、そういう意味では優れた作品なんだろうなあ。