Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

刀伊入寇 藤原隆家の闘い

「刀伊入寇 藤原隆家の闘い」葉室麟

平安時代に九州へ攻め寄せたのが女真族で、今のロシアのウラジオストックあたりにいたらしい。
のちに金を建国して、宋を攻め滅ぼした。
もっとも、その金もモンゴルに滅ぼされることになるので、ほんとに大陸の覇権争いというのは熾烈である。

この「刀伊入寇」は、あの元寇の260年前の出来事なのだが、本書を読んでみると後の元寇の予行演習のような感じがする。
まず刀伊は対馬に攻め寄せる。多くの女子供を捕虜にして、抵抗する者は皆殺しである。
呆れたことに、国司は「都に知らせねばならん」と言って、島民を見捨ててさっさと逃げ出してしまう。
残った武士が奮戦するが、多勢に無勢でどうにもならず、対馬は侵略者の手におちる。

急を聞いた太宰権師、藤原隆家は当時の権力者、藤原道長の甥にあたる。
剛毅果断な性格で知られていた人であるようだ。父は、天皇外戚として権威をふるった藤原道隆である。
しかし、道隆没後、中関白家の威勢は衰えて、道長が権勢をふるい始める。
兄の藤原伊周ともども、道長からは邪険な扱いを受ける。
道長にしてみれば、自分の権勢をひっくり返す畏れのある危険分子だからである。
京の内裏での権力争いに嫌気がさした隆家は、みずから志願して、遠く九州の太宰権師に赴任する。
これは名目上、太宰師は皇族がなることになっているので、しかし、実際は皇太子などがわざわざ遠く太宰府まで赴任することはないのである。
そこで、代理人を派遣する。太宰師の代理人が太宰権師であり、事実上の太宰府のトップということになる。

隆家は、ただちに現地の武士や松浦党(海賊みたいな連中であるが海戦にはめっぽう強い)を招集する。
どうせ都のことなので、戦っても恩賞はくれないだろうが、自らの大事な家族を守るために戦え、と訓示する。
そうして、九州武士たちの猛反撃が始まるわけである。
刀伊入寇のときは、神風は吹かなかった。
しかし、武士たちは大いに奮戦して、松浦党の助けもあり、刀伊を見事に撃退する。
都では、この功績に対して「どうせ大した戦ではなかったのではないか」と難癖をつけて、隆家の予想どおり恩賞を出さずに済ませようとする。
すると、意外や、すでに老境にあった道長が、恩賞を下すように指示をするのである。どうやら、これは事実であるらしい。
老年の道長にいかなる心境の変化があったのか、本書では興味深い描写がある。

評価は☆。
元寇は有名だが、刀伊入寇については知らない人も多いと思われる。
私は、本書を読んで、初めてこの事件の概要を把握した。
当時の日本の戦力から考えると、およそ四千の刀伊は充分に脅威であり、平安武士達はよくぞ戦ったものと素直に思う。
最近の研究では、元寇も決して「神風」のおかげではなく、九州武士の奮戦で撃退したという説が有力になっているようである。
そうだろうと思う。
海をはるばる渡ってやってくる連中は、そりゃ「ヤル気満々」状態なわけで、少々のことがあってもカンタンに尻尾を巻いて逃げ出すとは思えないのである。
手ひどい抵抗があって、ようやく諦めるというのが事実だろうと思う。
先人達の勇気ある戦いに敬意を表したい。

小説としては、少々ファンタジー仕立てである。
しかし、おそらくロクな資料がないだろうから、大いに作家的想像力を働かせなければ、小説にならないものと思われる。
資料がないと事件が書けないというのは歴史研究家や学者はそうだろうが、なあに、そこは小説である。
「見てきたような嘘」を書ければ立派なのである。気にすることはない。

そういえば、どこかのアタマの悪いコメディアンが小説家をつかまえて「嘘ばっかり書いて」と避難したようだ。
小説とはなんたるか、まったく知らないらしい。
嘘を書くのがダメなら、SFやファンタジーはおろか、ミステリーも純文学ですらいけないということになる。
ドキュメンタリーだけ書く人は、小説家というよりは記者、ライターであろうと思うが。
世の中には、変わったことを言う人もいるものだと思って唖然とした。

嘘を並べてナンボ。そんな商売が世の中にあることこそ、「世の中捨てたモンじゃない」面白さだと思うのですがねえ。