Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

幽霊の2/3

「幽霊の2/3」ヘレン・マクロイ。

 

出版社社長のパーティに、人気作家のエイモス、彼のエージェント夫妻、批評家、近所の作家志望おばさん、そのおばさんが連れてきた批評家の敵、大昔に本を出した心理学者のベイジル博士が会する。
本来ならば顔を合わせるはずのない面々が集まってしまい、なんとなく場が落ち着かない。
そこで、彼らは当時流行の「幽霊の2/3」というゲームをはじめる。
輪になって誰かが問題を出し、次の人が回答する。間違えると「幽霊の1/3」になる。また間違えると「幽霊の2/3」になる。
3回間違えると「幽霊の3/3」つまり幽霊になってしまうので、ゲームから抜ける、というたわいもない遊びである。
さっそくやり始めた彼らだったが、普段は禁酒しているエイモスが珍しく酒を飲んでしまい、酒乱を発揮。めちゃめちゃな回答でたちまち「幽霊の2/3」になってしまう。
そして、いよいよ幽霊完成、、、という場面で、エイモスはばったりと倒れる。
彼は、何者かによって毒殺されていたのである。
関係者を足止めして警察による事情聴取が行われるが、そこで奇妙なことが発生する。なんと、殺されたエイモスの戸籍が存在しないのである。
ここで、物語は「エイモスはいかに殺されたか?」に加えて「エイモスはいったい誰なのか?」という謎が新たに浮上する。
エイモスが珍しく酒を飲んだのは、彼の別居中の妻(売れないハリウッド女優)がヨリを戻したい、といってきたからだった。
エイモスはそれが嫌だったので、酒に逃避したのである。
この妻は、エイモスの残した遺産を主張するが、やがてエイモスが記憶を失った男であるらしいことがわかり、微妙な情勢になる。
もしもエイモスが記憶を失う前に結婚していたら、女優の妻との結婚は成立せず、彼女は遺産を受け取れないのである。
さらに、エイモスの残した遺産が、ベストセラー作家にしては少額であることも判明する。
理由は、エイモスとエージェント、出版社との契約がエイモスにとってはたいへん不利な内容だったからである。
印税の分配も少ないし、映画化権などもほとんど出版社とエージェントに持っていかれる内容だった。
パーティ参加者でもあった心理学者のベイジル博士は、これらの謎を一つ一つ、丹念に調べて解明していく。
そして、ついにエイモスの正体が暴かれる。
なぜ、彼は殺されなければならなかったのか?「幽霊の2/3」というタイトルの意味が判明する。


50年台に活躍したこの作家の人気作が本作で、これは新訳で出されたもの。
実に面白い。当時の出版業界のしきたりというか、ビジネスのやり方みたいなものが透けて見えるのが面白い。
噂にたがわぬ名作である。
評価は☆☆。

 

さて、本作のタイトルは、英語で言うところの「ゴーストライター」幽霊作家というわけなのだが、日本でもゴーストライターはいる。
私が知る限り、もっとも多いのはビジネス書の世界である。
ちょいと有名な事業家が書いた本などは、ほとんどゴーストが書いている。ひどい場合には、出版社がゴーストを紹介してくれる。
ゴーストライターの報酬は、だいたい1冊300ページくらいで、100万からピンきり。出版がうまくいき、事業家のごきげんが麗しくなると、そらにどんと上乗せされる。
出版社は、これを出版するのだが、このとき事業家がまとめて数千冊から場合によっては万冊単位で買い取る。これは、事業家が社員に配ったり、取引先に配ったり、講演会でプレゼントしたりする。
出版社はこの時点でノーリスクで儲かる仕組みである。新聞には「初版◯万部!」という惹句がおどる。別に嘘はついていないわけだ。
さらに念を入れて、この本を出版社は「店頭で」買い取る。もちろん、事業家の買い取り分に含まれる。
どうして、わざわざ「店頭で」買い取るのか?
これも簡単な話で「今週のビジネス書ランキング」は、都内の有名書店の◯善とか紀◯國屋とかの売上で集計される。
であるから、これらの書店の店頭で買い取れば、くだんのビジネス書は「今週のランキング」の3位以内に衝撃のデビューをすることになる。
「先週のビジネス書ランキング3位」で広告を打つことで、また本が売れる。書店も喜び、出版社も喜ぶ。
事業家はカネを出してばかりのように見えるが、意外にそうでもない。
いったん成功を収めた事業家というのは、著作の一冊もないとカッコがつかない、ということがあるのだ。
しかし、だいたいの事業家というのは、現場で「売れ売れドンドン」とハッパをかけて運良く当たったくらいの人間がほとんどなので、そんな著作をシコシコ書くような作業を土台できるわけがないのである。
そこに、テープレコーダをぶら下げたゴーストライターがやってきて、事業家のハッタリ(本人は夢という言い方をする場合が多い)と法螺(本人はビジョンという言い方がおおい)と過去の苦労話(これはリアルであるが、だいたい話が盛ってある)を喋らせる。
会議で長口舌をぶつのは得意の人種が多いから、何度か取材すれば、すぐに5~6時間のテープが出来る。
これだけネタがあれば、あとはゴーストが再構成して出来上がる。

あんまり大きな声ではいえないが、有名作家で、似たような作品の作り方をしている人もいる。
だって、あんなにポンポンと、内容が薄くてセリフばかり多い新書が毎月出てくるわけがないでしょう(苦笑)

ま、これは私が直接見聞した出版ビジネスの一つのやり方である。
こんな話もあるわけだねえ。